大本山中山寺 星下り大会式執行

大本山中山寺

 

星下り大会式執行

昼夜に分け梵天の功徳を

 

兵庫県宝塚市の大本山中山寺(今井浄圓長老)は四万六千日功徳日の9日、法要および星下り大会式を執行した。西国三十三所の観音さまが、さながら星が下るように中山寺に結集したとの伝承をもとに行われているもので、稚児梵天を担いだ子どもたちが、元気な掛け声とともに本堂周辺を駆け巡った。(写真)

夜は大人の部で、宝塚市の無形文化財に指定されている。各塔頭の講員らが大きな梵天を奉じて、みこしのように担いで巡る勇壮な祭として人気が高い。

臨済宗大徳寺派大仙院 「禅寺体験教室」を開く

臨済宗大徳寺派大仙院

 

「禅寺体験教室」を開く

日常に溶け込む禅を改めて感じる

 

臨済宗大徳寺派大仙院(大和宗貴住職)は4日、毎年恒例の「禅寺体験教室」を開き、60人余りの子どもや保護者が参加した。坐禅を中心に作務や写経、雑巾掛けを行い、尾関宗園前住職の法話に耳を傾けた。

年々日本各地からの参加者が増え、今年は愛知県や東京都からの参加もあった。岡山県久留米市から参加した塩尻悦子さんは、5年前に観光で来た際に娘の稚晶さんが前住職と出会い、仲を深めたことがきっかけで毎年参加。「年に1回の里帰りのようになっている」と笑顔で語った。

大和住職は、特に子どもたちは家でも学校でもないお寺という空間に身を置き、さまざまな経験をすることで自信をつけて成長すると説明し、「教室を通じて日本の日常に溶け込んでいる“禅”を改めて感じてほしい」と話した。

大本山須磨寺 四万六千日燈明会営む

大本山須磨寺

 

四万六千日燈明会営む

「みあかり観音」に願い込め点灯

 

神戸市須磨区の大本山須磨寺は、観音さまの功徳日とされる9日、「四万六千日 みあかり観音燈明会」を行った。本堂で法要後、導師の小池弘三貫主をはじめ職衆が、境内の「みあかり観音」前で法楽した。

参拝者らが先祖供養などの願いを込めて献じた燈明が、観音さまの顔の形にともされ、夏の風物詩として親しまれている。下絵は、須磨寺参詣道にアトリエをもつ仏師の山高龍雲氏が毎年、描いている。

浄土宗大本山百萬遍知恩寺 福原隆善台下インタビュー

浄土宗大本山百萬遍知恩寺

 

福原隆善台下インタビュー

「思い上がりを打ち砕く愚者の自覚」

 

浄土宗大本山百萬遍知恩寺の法主に再任された福原隆善法主は、法然上人の教えの特色は「浄土宗21世紀劈頭宣言」の冒頭にある「愚者の自覚」にあると話す。それこそが現代 社会に必要とされている教えであり、浄土宗教師は「愚者の自覚」を伝えることが責務であると語る。

(詳細は2019年8月21日号の紙面をご覧ください)

六道珍皇寺 令和最初の「六道まいり」

六道珍皇寺

 

令和最初の「六道まいり」

思い出の地で先祖を迎え

 

京都市東山区の六道珍皇寺で7~10日、お盆を前に先祖の霊を現世へ迎え供養する「精霊迎え 六道まいり」が行われ、多くの参拝者が高野槙を手に「迎え鐘」を引こうと行列を作った。鐘を引いた際、先祖が高野槙の枝に乗り移り、懐かしい我が家へしばしの間里帰りをする。

山科区から始発のバスで訪れた96歳の女性は、幼い頃から両親に連れられて参拝をしていたという。「お迎えするのはどこでもいいと思うが、親に連れられてきた思い出の地に毎年来ている」と笑顔で語り、しっかりとした足取りで参拝へと向かった。

坂井田良宏住職は、令和最初の六道まいりについて「新たな時代にも痛ましい事件が頻発している。世界平和を祈って参拝する人も多いと思う」と述べ、「平日なので、朝は夏休み中の孫と一緒に来る人が多い。幼い頃に連れてきてもらった思い出の場所で、先祖を迎える思いが歴史を作っている」と語った。

念法眞教 青少年らが北方領土を視察研修

念法眞教

 

青少年らが北方領土を視察研修

地元活動家の学生らと交流

 

念法眞教は3~9日、中学生以上の青少年が北方領土の実態を学ぶために毎年実施している「第33回北方領土視察研修旅行」を行った。稚内市の宗谷岬や根室市の納沙布岬を訪問し、南樺太や北方4島を視察したほか、4島返還運動に携わる根室青年会議所会員や地元高校生と交流した。

稚内市内では、稚内念法寺で千島・樺太慰霊法要を営み、工藤広稚内市長が講演した。工藤市長は、かつて南樺太には約5000人が定住していたが、ソ連が侵攻し、多くの命が奪われたことを解説。「過去がどうだと言うつもりはない。未来をどうするかが大切」と話し、南樺太の若いロシア人を招いて日本で学ぶ機会を提供するなど、交流を進めていることを伝えた。

また、稚内念法寺の安藤スズさんが、南樺太に居住していた信徒の「ソ連に占領され、サハリンと呼ばれ、不条理に感じる」との声や、ソ連侵攻から逃れたが家族が拿捕された話などを語った。

知床半島の羅臼町では、元島民の高岡唯一さんや元島民2世の岩瀬榮さんの体験談を聞く講演会が行われた。冒頭で川端達也羅臼町副町長が挨拶し、「元島民の高齢化が進んでおり、一日でも早く返還してほしい」と訴えた。

講演の中で高岡さんは「歯舞と色丹の2島のみで話をしようとしている。4島の総面積は約5000キロ㎡だが、2島の面積は350キロ㎡と全体の7%に過ぎない。こういう交渉をすると日本の国土がなくなる」と話し、「太平洋戦争は、ソ連と戦ったのではない。アメリカを主とする連合軍と戦った」と4島が占領されている不条理を訴えた。(写真)

納沙布岬では、最東端に立地する展示資料施設「北方館」で小田嶋英男館長の解説を聞き、北方四島交流センター「ニ・ホ・ロ」では、石垣雅敏根室市長の講演を聴講。返還運動に携わる人々とも交流した。石垣市長は領土返還運動の草創期について語り、「一生懸命に運動しているが、地域の運動と言われ、右翼の運動と言われた。それでもがんばらなければならないと力づけたのは、皆さんの先輩方」と念法眞教が毎年欠かすことなく研修を繰り返していることに謝意を示した。

地元活動家との交流では、地元高校生が北方領土の返還に向けた出前講座を、青年会議所のバックアップを受けて全国各地で行っていることや、ビザなし交流などで接した島に居住するロシア人についての印象を語った。また、元島民を祖母に持つ高校生は「平和条約を早く締結してほしい。祖母と共に渡ることが夢」と話し、青年会議所会員は「ロシアの人も本音と建て前がある。『仲良くしよう』と話すが、結局は国と国の問題」と述べていた。

真宗大谷派姫路船場別院本徳寺 13年かけた御遠忌事業の大修復に着手

真宗大谷派姫路船場別院本徳寺

 

13年かけた御遠忌事業の大修復に着手

市重文の大玄関はすでに屋根を解体

 

真宗大谷派山陽教区の姫路船場別院本徳寺(姫路市地内町)は、2032年度に厳修する宗祖親鸞聖人750回御遠忌法要に向け修復事業を進めている。

1718(享保3)年ごろに現在の十七間四面の本堂が建立され、本堂、表門、大玄関、鐘楼堂は2006年に姫路市指定の重要文化財となっている。建立から300年が経過し、建物の損傷も著しく、総事業費20億3800万円(うち御遠忌・御修復懇志金7億5750万円、残りは行政の補助)により、大玄関(修復費1億6700万円)、表門(同1億2400万円)、本堂(同14億3800万円)の修復に取りかかることを決定。昨年8月から募財を開始した。

瓦の破損、雨漏りによる腐食、壁の剥がれ、柱の沈下腐食など、最も傷みの激しい大玄関は昨秋から工事に入り、現在は屋根を解体している。(写真)

大玄関は22年初頭には修復を終え、その後、3年かけて表門の半解体修復および築地塀全解体修復へ、さらに7年かけて本堂の半解体修復、瓦のふき替え、内陣工事等を終え、別院の御遠忌法要を迎える予定だ。

中根慶滋輪番は「今回の大修復は、伽藍の修復ということにとどまらず、今まで脈々とお念仏と共に相続、護持されてきた先達の願いを受け継ぎ、一人一人が宗祖のみ教えと御堂を次世代に手渡していくという自信教人信の精神に立ち、地域における聞法道場としての興隆を願って、事業の完遂に取り組んでいきたい」と話している。

なお瓦懇志も一口1万円で募っている。

真言宗醍醐派大宝院 境内に真盛上人の石碑建立へ

真言宗醍醐派大宝院

 

境内に真盛上人の石碑建立へ

天台真盛宗の有志らにより

 

日本三観音の一つ、三重県津市の観音寺大宝院(岩鶴密雄院家)は「津観音」の名称で全国的に知られる。その歴史は709(和銅2)年にまでさかのぼり、中世・近世・現代と津のシンボル寺院ともいうべき存在である。その古刹境内に、天台真盛宗の開祖である真盛上人を顕彰する石碑を建立する計画が進んでいる。

1490(延徳2)年に、真盛上人が山内不動院に滞在。観音堂で説法をし、天台真盛宗を広めたと伝わっており、津市には同宗の寺院が集中。大宝院は真盛上人二十五ヶ所霊場の第15番札所として、多くの人が参拝する。

歴史的な事実は残っているが、かつて同山が護持していたとされる真盛上人木像も焼失している。真盛宗の有志が、2012年に「宗祖真盛上人鑽仰会」(河合宣彰会長)を発足し、石碑建立に向けて準備を重ねてきた。石碑は高さ1.5mほどで、上人ゆかりの地であることを明示し、裏面に経緯を彫って宗祖を顕彰する。除幕は10月2日を予定している。

真宗大谷派 教育プログラムにグリーフケアを導入

真宗大谷派

 

教育プログラムにグリーフケアを導入

二つの教師育成校で試験的に実施中

 

真宗大谷派は、教師資格取得の教育プログラムにグリーフケアの導入を決め、一般社団法人リヴオン(尾角光美代表理事)との協働で、九州大谷短期大学と名古屋真宗学院の2校で、今年4月から試験的にプログラムを実施している。

このプログラムに関し、速水馨教育部長は「大切な人を亡くした時に最初に出会うのは僧侶。遺族の不安に、僧侶がきちんと向き合えていたのかと自問した時、これまでの大谷派の教師養成プログラムは座学が中心だった。遺族を支える家族構成、地域関係も変化している中で、僧侶が果たすべき役割にきちんと向き合い確立していきたいと、リヴオンと協働して取り組むこととなった」と説明する。

大谷派の教師資格取得の教育機関は大谷大学をはじめ、全部で12校ある。そのうち九州大谷短期大学では1年間かけた綿密なプログラムを実施中で、名古屋真宗学院では最短の形を模索し、すでに6月に終了している。その検証の上で、全ての教師養成校でのプログラムを提起し、2020年には各学校の教師が講師となるべく養成し、21年4月からの本格実施を予定している。

傾聴が重要視される中で、臨床宗教師、公認心理師などの資格制度もあるが、速水教育部長は独自のプログラムの特徴を、「まず自分自身の中にどのような喪失を抱えているのかを、自分で振り返ることから始め、聴くことと共に、グリーフ(深い悲しみ)を抱える方との対話を重視していきたい。自分の悲しみや喪失を大事にできない人は、人の悲しみを大事にできないとの観点から、対話できる僧侶、教師を養成していきたい」と話す。

大谷派の教育機関にはさまざまな特徴があり、学校によっては「グリーフケアだけでなくスピリチュアルペイン(死生観に対する悩みに伴う苦痛)に対応していける本格的な学びを行っていきたい」「大人数を対象とするプログラムの導入は難しい」との声もあったようだが、試験実施の受講生からは「すぐに現場に向かわなければならない中で、このような学びが欲しかった」「人と話す姿勢、聴く姿勢が大きく変わった」との感想も出ている。

九品佛淨眞寺 先代の遺命受け閻魔堂建て替え

九品佛淨眞寺

 

先代の遺命受け閻魔堂建て替え

晴れの落慶法要を開筵

 

浄土宗九品佛淨眞寺(清水英碩住職・東京教区)は16日、一昨年から工事を進めていた閻魔堂の落慶奉告式を営んだ。午前中は、閻魔堂で山内僧侶らが読経し、午後は檀信徒ら約150人が参列する中で、落慶奉告式を龍護殿(本堂)で開筵した。

1966(昭和41)年5月の開山忌から18年間をかけて、先代住職が淨眞寺の大規模改修を行い、閻魔堂の建て替えについては清水住職に託されていた。落慶奉告式冒頭の挨拶で清水住職は、「老朽化した建物の修繕や、重要文化財指定の阿弥陀如来像9尊の修復を優先する必要に迫られ、閻魔堂の整備になかなか取り掛かれない状況が続いたが、平成29年にようやく着手できるようになった」と話した。(写真)

閻魔堂は、2013年に入手した青森産ヒバの原木20本余を用いた。六地蔵石仏正面からの垂直線と、開山堂正面から伸ばした直線が交差する場所に移築し、閻魔大王と開山上人が地蔵菩薩と有縁であることを示した。また、閻魔堂前面の庭園は、三途の川を模した枯山水とし、冥途への旅を表現した。

尊像の正面に置いたさい銭箱にはセンサーを設置し、さい銭を投げ込むと閻魔大王が説誡する音声が流れるようにした。喜捨した女性檀信徒は「ありがたいお言葉でした」と好評だ。

奉告式に先駆けて、総本山知恩院と大本山増上寺の布教師を務める藤井正史氏が法話を行った。毎年、阿弥陀経や観無量寿経などを引きながら即得往生を説いているが、今回は閻魔堂落慶に合わせて冥土への旅と閻魔大王をはじめとする十王の裁きなどを取り上げ、「淨眞寺に閻魔さまがおられるのは、私たちが地獄の責め苦を受けるほど業の深い身であることを戒めるため。そして、阿弥陀さまの本願の力で浄土に往くことを示すため」と話した。