月別アーカイブ: 2019年9月

総本山智積院 名勝庭園ライトアップし観月会

総本山智積院

 

名勝庭園ライトアップし観月会

声明や月輪観、コンサートも

 

総本山智積院は今年も「智積院観月会」を13日に開催し、約400人が参加した。

名勝庭園をライトアップし、国宝長谷川等伯障壁画、非公開宸殿堂本印象襖絵などを特別公開した。

第1部は同山僧侶による「声明公演」と、「月輪観」。参加者らは僧侶の説明を聞きながら、それぞれ「真ん丸なお月様」のイメージを浮かべながら、名月を楽しんでいた。

第2部は「お月見コンサート二胡の夕べ」。「小さい秋みつけた」などの童謡や、「川の流れのように」など、次々と奏でられる美しい音色が月の光の中で境内を満たしていった。

今熊野観音寺 四国八十八ヶ所お砂踏み

今熊野観音寺

 

四国八十八ヶ所お砂踏み

親子そろって彼岸のお参りを

 

京都市東山区の真言宗泉涌寺派今熊野観音寺は21~23日、彼岸恒例の「四国八十八ヶ所お砂踏法要」を行った。今年で66回目になる。

藤田浩哉住職は、「始めた頃の人出ほどではないが、毎年大勢の方が熱心にお参りに来られる」と話す。

家族連れの姿が目立つのも同行事の特徴。無料で貸し出す白衣は、子ども用も用意しており、小さなお遍路さんも、さながら本四国を巡拝しているかのように、一つずつの札所を丁寧にお参りしていた。

ご詠歌響く総本山長谷寺 田代化主導師で彼岸法要

ご詠歌響く総本山長谷寺

田代化主導師で彼岸法要

 

奈良県桜井市の総本山長谷寺は23日、秋の彼岸会法要を営んだ。

導師の田代弘興化主をはじめ、山内僧侶が列を整えて本堂まで荘厳なお練りを行い、法要を厳修した。引き続き、ご詠歌が響く内舞台に移動し、先祖供養の願いを込めた塔婆祈願を修した。

長谷寺に代々受け継がれてきた「彼岸講」の奉仕衆らの説明を受けながら、観光で訪れた人たちも塔婆祈願を申し込んでいた。

彼岸講はどのくらい前から続いているのかと奉仕の女性に尋ねると、「何百年も前でしょうね」と天井を指さした。内舞台には、泉州彼岸講をはじめとするさまざまな講が奉納した大きな絵馬が、所狭しと並んでいる。こうした講中の人々に支えられ、長谷観音信仰が脈々と続いてきている。

時折小雨が散らつく中、白萩や彼岸花が心地よい風に吹かれて揺れる境内では、秋の休日をゆっくり楽しむ参拝者の姿が終日見られた。

追想 酒井日慈82世貫首を偲ぶ 大本山池上本門寺83世を継ぐ菅野日彰貫首に聞く

追想 酒井日慈82世貫首を偲ぶ

大本山池上本門寺83世を継ぐ菅野日彰貫首に聞く

 

日蓮宗第51代管長・大本山池上本門寺第82世貫首であった酒井日慈上人の本葬儀が4日、菅野日彰83世貫首を大導師に、池上本門寺で営まれた。酒井上人は日蓮宗のみならず宗派を超えて活動し、「南無の会」を立ち上げて仏教の教えを多くの人に伝えた。葬儀では、宗派を超えて上人を偲ぶ声が寄せられた。菅野貫首にとって酒井上人は、1967年に池上本門寺に奉職してから半世紀に及ぶ師弟関係だったという。

 

――本葬儀の弔辞で山田一眞東京都仏教連合会会長は、「南無の会」の精神を受け継いでいくと遺影に語り掛けられました。

菅野貫首 山田会長は、八王子金剛院山主として酒井山主と共に「南無の会」を引っ張ってこられた。当時は酒井山主が最も活発に活動された時期だった。その時を知る山田会長が酒井山主の生涯を語ってくださることで、次の世代が山主の精神を引き継いでほしいという思いで弔辞をお願いした。

――超宗派で組織された「南無の会」の活動は、一般社会からも注目されました。

菅野貫首 「南無の会」の立ち上げは、臨済宗の松原泰道師に出合われたことが一番大きかった。最初に出会ったときに深々と一礼される松原師の姿を見て、「俺は負けたと感じた」と後に聞いた。松原師の人間性にほれ込み、宗派を超えて学び続ける姿勢を尊敬し、「同志であり、兄貴であり、師匠でもあった」と語っておられた。

――当時、超宗派で活動するのは画期的なことですね。

菅野貫首 酒井山主は戦争から帰ってきて、池上實相寺の復興に尽くし、その後に池上本門寺の文化部長(後に合併して布教部)から執事長にと、山内の教化体制を整えられた。朗子クラブや池上スポーツクラブなど、青少年教化にも力を入れられた。都内にある池上は日蓮宗の教えはもちろんだが、より多くの人を教化するには、仏教という広い視野での布教展開が必要だと考えられたのだろう。しかし、これにはいろいろ異論が寄せられ、また「僧多聞」のペンネームで執筆されたものにも、さまざまな反応が寄せられた。特に管長に就任されていた時期は、立場を考えて少し堪えられていたようだった。

――酒井上人との縁をお聞かせください。

菅野貫首 私は昭和32年に北海道から出てきて池上永寿院にわらじを脱いだ。42年に文化部員として池上本門寺に奉職し、その時からいろいろな面で引っ張ってもらった。酒井山主は人を育てるのが本当に上手で、私はそれを“指揮者”と表現している。大学を出て伝道車に乗って一人前の布教をしていると自信を持っていた20代後半~30代前半の私に、「法話の内容をこのように替えれば、もう一段階うまくなる」とか、「文章は寺内大吉師の方が読ませるが、内容はお前の方が良いな」とか、ほめながら文章や布教のイロハを手取り足取り教えてくださった。また、時には「これは昨晩読んだ」と突き返され、鼻っ柱の強い私は「なにくそ」と一から書き直すこともあったが、常に目標が示されているので迷うことなく取り組むことができた。今から思えば、小僧として北海道の寺に入り、掃除、お経の大切さを仕込まれ、大学で教学を学んで社会に出た私に、一番大事な実社会に通用する布教を教えてくださった。その大恩のおかげで、十分ではないかもしれないが日蓮宗学寮の寮監という職をいただいた時にも、すぐにカッとなるものの、基本は「一人一人に合った育て方、近い目標を与えて育てる」という信念を持って寮生に向き合うことができた。

――生涯にわたる大恩を受けたと。

菅野貫首 人前での説教は、「俺はやらないよ」と「南無の会」でもされなかったが、少人数の対談はよくされた。その話術に引かれて、池上に寺庭婦人の会ができて談義に花が咲いた時期もあった。対話を得意とされたのは、松原先生の影響もあったのかもしれない。私が永平寺に坐禅修行に行くとき、松原先生から「永平寺に行くと日蓮さんに遇えますよ」といわれた。その時は意味がわからなかったが、永平寺で道元禅師の解釈する法華経か、日蓮聖人のお題目のどちらに進むかを考えた時、「日蓮聖人の説かれた南無妙法蓮華経がいい」と道が固まった。その後、身延山布教部長として赴任するときから、給仕する日蓮聖人に叱られるからと酒を断った。海長寺に入る際に法類役員らの前で「今は酒を断っています」と述べると、「酒で失敗したのか」と茶化す人がいて、私が黙っていると、酒井山主が「酒に失敗するような人には、酒は止められないよ」と、わかったような、わからないようなことを言われ、助けられた思い出がある。よくよく思えば、私は幾度となく師に助けられた。若い人たちも、宗派にかかわらず良き師を選び、自身の信仰を深め、増上慢にならず、市井の人に教えを伝えていってほしい。もちろん指導する側も、いつ若い人が門をたたいて来ても応えられるように修行を怠らないことも大事。私は酒井山主の本葬で、師に誓いを立てつつ、少しでも恩に報いられるよう山務員ともどもに儀礼を営んだ。

大本 出口王仁三郎耀盌展

大本

 

出口王仁三郎耀盌展

「耀盌顕現」70周年を記念し

 

大本(出口紅教主)の東京本部は10月3〜6日、「出口王仁三郎耀盌展」を東京国立博物館・応挙館で開催する。

今年は、出口王仁三郎が制作した楽焼茶盌が、1949年に美術評論家の加藤義一郎氏によって「耀盌(ようわん)」と命名され、日本美術工芸誌に「耀盌顕現」と題して発表されて70年の節目。

同館は70年前、東京で初めて「耀盌」が展示された記念の場所で、当時も大きな反響を呼んだ。

入場無料だが、事前に東京本部(☎03―3821―3701)へ申し込みが必要。

真如苑 開祖作成の苑歌に音調を

真如苑

 

開祖作成の苑歌に音調を

第二精舎改築へ誓い新たに

 

真如苑は6日、「真如荘厳祈誓法要」を東京都立川市の総本部で執行した。

発祥の地である総本部「親苑」のさらなる荘厳を目指し、今秋から第二精舎改築に着手する。法要では、移設後に仮安置された真如霊廟参拝再開を祝うとともに、全教徒が第二精舎建立、真如霊廟の荘厳円成への誓いを新たにした。

伊藤真聰苑主による洒浄、振鈴に続き、信徒代表が祈誓文を奏上し、参座者一同で読経を唱和する中、散華をまいて法要を荘厳した。

また、このたびの新たな親苑荘厳の出発にあたり、初めて読経の中で開祖作成の苑歌(そのうた)「親苑は我が魂の故郷と念う心に道ぞ開かる」に音調をつけ、参座者全員で唱和し、立教の精神を心に刻んだ。続いて「親苑」境内に移動し、曳家によって移設された霊廟のテープカットを行った。

総本山知恩院 御忌大会の出仕日程が確定

総本山知恩院

 

御忌大会の出仕日程が確定

来月7日から習礼開始

 

総本山知恩院は、大修理を終えた御影堂で営む令和2年度御忌大会に出仕する逮夜導師と日中導師の出座日程を確定した。来月7日から習礼を開始する。

2020(令和2)年の御忌は、4月13〜15日の落慶法要を終え、18日の逮夜法要で開筵し、25日の御當日で締めくくる。逮夜導師は、18、20、24日は伊藤唯眞門跡の親修。19日は秦博文氏(大阪教区・安楽寺)、21日は井桁雄弘執事長、22日は豊岡鐐尓宗務総長、23日は鷲尾至導氏(奈良教区・満願寺)が勤める。

日中導師は、佐藤龍親氏(京都教区・西方寺)、大津隆範氏(京都教区・高樹院)、佐藤彰宏氏(兵庫教区・西安寺)、松壽春道氏(大阪教区・福成寺)、中川法隆氏(滋賀教区・浄土寺)、森田康友氏(奈良教区・興善寺)、菅原好規氏(京都教区・淨福寺)が19〜25日に順次出座する。

御忌でしか用いない節回しと所作で表白する唱導師は、来月から2週間おきに知恩院に通って節を学ぶ。1月18日の御忌定式を境に、威儀を伴った習礼を行う。

 

西山浄土宗 拝観事業の拡大が具体化

西山浄土宗

 

拝観事業の拡大が具体化

隣接土地取得へ仮契約締結

 

西山浄土宗は19日、総本山光明寺の南東角に立地する料亭「いっぷく亭」の土地買収について、仮契約および手付金の支払いを終えた。大型観光バス駐車場に至る侵入路として利用する計画で、拝観事業の拡大を目指す。

構想では、隣接する福祉施設「竹寿苑」が数年後に移転新築する見込みで、この敷地を買収して大型観光バスの駐車場を整備する。これに先立って侵入路を確保することになる。

拝観事業の拡大は、総本山の収益を拡大し、本山会計からの回付金で宗財政の安定を図るのが狙い。宗財政は辛うじて黒字だが、将来的に賦課金を増額する必要があるため、負担軽減のために計画した。

総本山光明寺では近年、紅葉シーズンを中心に参拝者が増加しており、旅行会社からバスツアーの打診も増えている。また、光明寺の立地する長岡京市も、市内の観光化を推進する一環で西山浄土宗に協力を求めている。

一方で、光明寺には大型観光バスを駐車できる場所が少なく、一般車についても周辺住民の理解を得る必要があった。近年は、櫻井随峰宗務総長を中心に住民や行政などへ働き掛け、一定の理解を得られてきた。

また、「竹寿苑」移転後の跡地買収に向けて櫻井宗務総長が地権者との折衝を重ねているが、総長の任期中には完了しない見込みで、後継総長が引き継ぐ必要がある。

「世界平和願いの祭典」プレイベント 築地本願寺で東京五輪文化プログラムをPR

「世界平和願いの祭典」プレイベント

築地本願寺で東京五輪文化プログラムをPR

超宗派の宗教者ら平和願う

 

東京オリンピック・パラリンピックの文化プログラムとして来年7月18、19日に築地本願寺で開かれる「世界平和願いの祭典」をPRするプレイベントが17日に同寺で開かれ、仏教や神道、キリスト教、イスラム教などの超宗派の宗教者が、それぞれの形式で平和への願いを表わした。

浄土宗と浄土真宗(本願寺派、大谷派、高田派、単立)のグループは、解説を交えながら法要を修行。三帰依文を唱え、浄土真宗の重誓偈や和讃、高田派の引声念仏などを披露し、来場者と浄土宗の数珠繰りを行った。

会場では、ピースマークのボードに来場者が願いを記したバラのステッカーを貼るイベントや、宗教者と話すワークショップなどを実施。関連の販売ブースなどもあった。

同祭典は、若い世代の宗教者が、世界平和と東京オリンピック・パラリンピックの成功を願う取り組みで、当日はシンポジウムやライブイベントなども計画する。明石康元国連事務次長を委員長とする実行委員会が主体となる。

東京五輪の文化プログラムで宗教関連の事業はほとんど無く、文化としての宗教をアピールすることで、宗教へのアレルギーを除く狙いがある。現在は応援プログラムだが、正式プログラムへの〝昇格〞を目指すという。

本願寺派僧侶で、初期から運営に関わる「未来の住職塾」の松本紹圭塾長は「世界平和のためには、『ボーダー』を越える必要がある。東京オリンピック・パラリンピックは、世界各国がつながる貴重な機会。いろんな宗教が共存する日本で、宗教者たちが『ボーダー』を越える象徴として文化プログラムを手掛けることに大きな意味がある」と語る。今後はWEBサイト等で発信していく。

六角堂から親鸞聖人の帰路を体験 東西僧侶ら10年ぶり市中を行脚

六角堂から親鸞聖人の帰路を体験

東西僧侶ら10年ぶり市中を行脚

 

親鸞聖人の六角堂百日参籠の帰路を追体験する「復活!親鸞さまのお通りイン関西PartⅢ」が16日に開かれ、親鸞聖人が修行し「そば喰い木像」が伝わる延暦寺一山大乗院の光永圓道住職の先導で、東西の僧侶ら約20人が六角堂から大乗院まで約18㎞の道のりを歩いた。

毎年8月20日に大乗院で宗派を超えて報恩講を営む、大乗院と真宗大谷派専称寺、浄土真宗本願寺派西念寺の3ヵ寺が、親鸞聖人750回大遠忌を機縁として、2009年9月に大乗院から六角堂を歩いたのが始まり。

当日は途中で加わった人らで約400人の大行列となった。また、半年後には、そば喰い木像と近畿5府県の7ヵ寺を巡った。

今回の行脚は、前回から10年の節目として企画した。光永住職がコースを設定し、真如堂や曼殊院門跡などに立ち寄った。光永住職は「親鸞聖人の修行の一端を、身を持って経験してもらえれば」と話し、西川義光専称寺住職は「若い頃の親鸞聖人の“共に生きる”という行動力を感じてほしい」と語っていた。

西川住職の叔父で前回も参加した岡橋義映本願寺派西寶寺住職は「親鸞聖人のご苦労があったからこそ、お念仏の生活をさせていただいている。歩いているうちに、聖人が一緒におられるような気持ちとなる。わずかでもご苦労を偲びたい」と話していた。