ラオスで仏像修復20年 身延山大学、技術伝承

 日蓮宗の宗門学校、身延山大学が、ラオスのルアンパバーン世界文化遺産地域における仏像修復事業を立ち上げてから、今年で20周年の節目を迎えた。戦災で破壊された仏像を元の姿に戻し、技術を伝承しようという息の長い取り組みだ。

ラオス・ワット・アーバイ寺院で行われた修復作業(身延山大学提供)

 ラオスはインドシナ半島の内陸に位置する人口約650万人の国で、首都はタイ国境のビエンチャン。男性のほとんどが一度は出家して僧堂生活を送るといい、国民の多くは上座部仏教をあつく信仰している。

 19世紀はフランスの支配下にあり、20世紀になっても旧日本軍の進駐やベトナム戦争の主戦場になるなど、長く戦乱が続いた。1975年の建国後も、戦災復興に労を費やし、仏像の修復技術が絶たれていたという。
 
 修復事業が始まったのは、ラオスで教育支援活動を行っていた超宗派のBAC仏教救援センター(伊藤佳通理事長)から、仏像群の損傷が著しいと知らされたのがきっかけ。柳本伊左雄・仏教芸術専攻特任教授は「壊れた仏像を目の当たりにしたとき、同じ仏教徒として見過ごせないと責任を感じ、行動に移した」と話す。

現地の僧侶と身延山大学仏像制作修復室のメンバーら。「同じ仏教徒として見過ごせない」との思いで協力する

 2000年にルアンパバーン地域の36カ寺で調査を行い、仏像の素材や彩色、彫刻や技法についても研究を重ねた。翌01年にはラオス情報文化省と協定を結び、修復活動を本格化させた。
 
 これまで修復した仏像は74体にのぼり、調査記録と修復記録を作成している。2019年度は、ブロンズ1体、木彫3体、約4㍍の漆喰仏の金箔貼りを手掛けてきた。
 
 持田日勇学長は「崇拝の対象である仏像が修復されたことはもとより、世界に向けてラオスの仏教文化を発信し、国の発展に微力ながら貢献できたのではないかと感じている。事業が本学の誇れる特色となったこともありがたく思っている」と振り返る。
 
 柳本特任教授は「これまで修復活動をご支援くださった方々のためにも技術を高め、日本とラオスの両国で技術伝承に励みたい」と、事業継続と発展を誓っている。

 2月19日にはラオスのビスンナラート寺院で、身延山大学とルアンパバーン仏教連盟が合同で法要を開催。新型コロナウイルスの感染拡大が本格化する直前のタイミングで実現した。持田学長をはじめ、総本山身延山久遠寺の僧侶らと現地の僧侶らが出仕したという。

(文化時報2020年2月8日号から再構成)
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知恩院御影堂 380年前の輝き

 浄土宗の総本山知恩院(京都市東山区)で今年、国宝御影堂の大修理事業が完了した。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、4月の落慶法要は大幅に縮小して営まれ、政府の緊急事態宣言が出ていた時期は、境内への立ち入りが禁止された。2011(平成23)年から9年に及んだ〝平成の大修理〟で取り戻した輝きは、いま再び参拝者の心を癒やそうとしている。

平成の大修理を終えた知恩院御影堂=京都市東山区

 知恩院の創建は、法然上人入滅の地に堂宇を建てたのが始まりだ。徳川家の庇護を受けたことで広大な伽藍整備が行われたが、1633(寛永10)年の火災で大部分が焼失。現在の御影堂は、焼失の6年後に徳川家光が再建したもので、2002(平成14)年に国宝に指定された。

 これまでに屋根の一部ふき替えや梁の補強など小規模な修理が4回行われたが、大規模修理は今回が初めて。総工費は、衆会堂の文化財修理費を含めて57億円(荘厳仏具を除く)という。

 報道陣に堂内を公開した1月29日、井桁雄弘執事長は「法然上人800年大遠忌事業に端を発して修理に入り、9年たって素晴らしい御影堂が完成した。お念仏の根本道場として幸せを運びたい」と語っていた。
 
現代の耐震基準 当時から満たす

 知恩院御影堂は、江戸時代初期に徳川家が各地で手掛けた大造営を示す代表的な建築物と位置付けられており、意匠や技術の面でも完成度が高いとされている。大修理を控えて実施した耐震診断調査では、約380年前の建築物にもかかわらず、現行の建築基準法の基準を満たしており、震度6強の揺れにも耐えられることが判明している。
 
 僧侶が立ち入る内陣と在家信者が礼拝する外陣が、一体と感じられるような空間設計も行われている。江戸初期の堂宇は、内陣と外陣が明確に分かれているのが一般的だが、知恩院御影堂は内外陣に段差を設けず、一体感を保っている。内陣まで光をとり込んで堂内を明るくする工夫もされている。

豪華な金箔押しを施した内陣に、光が届く

 堂宇全体をきらびやかに覆うのではなく、内陣の荘厳のみに豪華な金箔押しを施しているのも特色。導師が座る頭上に配した豪華な人天蓋(にんてんがい)や幢幡(どうばん)は天井から吊り下げてあり、豪華な厨子の宮殿(くうでん)と連続性を保たせてある。威圧するような大伽藍でありながら、身近に感じられる仕掛けといえる。
 
 今回の大修理に当たり、荘厳類の制作や修理が施された年代が判明した。

 人天蓋など大型荘厳の一部は、御影堂の再建当時のものが用いられていることが分かった。高さ約4㍍の大常華は、廃仏毀釈で仏教教団に逆風が吹いていた頃の1878(明治11)年、知恩院75世の養鸕徹定(うがい・てつじょう)門主の指揮で制作されていた。
 
 いずれの荘厳仏具も経年によるゆがみや傷みが見られ、修理は難航したようだ。大常華や大前机などの修理を担当した株式会社安藤の担当者は「長持ちするように強度を保たせるのに苦労した。いずれも長大で重量があり、熟練した職人でなければ美しく仕上げることができないものばかりだった」と話していた。

(文化時報2020年2月5日号から再構成)
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気候変動で非常事態宣言 宗教界初

 深刻な環境破壊や異常気象を食い止めようと、世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会は、「気候変動への非常事態宣言」を採択した。WCRP日本委員会によると、宗教界では初の試み。さまざまな実践を通じて、「気候危機」への世論喚起につなげたいとしている。
 
 非常事態宣言は「地球環境がもはや元に戻らない危険水域に入っている」と強調。森林減少や海洋汚染などの課題解決に向けて「歴史上、前例のない規模とスピードで取り組む必要がある」と指摘し、非常事態の認識を共有して実践することが必要だと訴えた。
 
 具体的には、「もったいない精神」や少欲知足に基づくライフスタイルの確立▽宗教施設の森林保護と環境負荷軽減▽環境保護につながる投融資や商取引―などを提唱。国内の選挙で、地球温暖化対策の新しい国際ルール「パリ協定」の達成を争点化するよう呼び掛けることも盛り込んだ。

 非常事態宣言は、東京都杉並区の立正佼成会法輪閣で1月28日に行われたWCRP日本委員会の第30回理事会・第19回評議員会で採択された。理事会・評議員会では、特別事業部門(タスクフォース)の再編も承認され、気候変動タスクフォースが「気候危機タスクフォース」に名称変更されることも決まった。
 
 一連の取り組みは昨年8月、ドイツ・リンダウで行われた第10回WCRP世界大会で、気候変動に対する宗教コミュニティーの緊急行動がテーマになったことが背景にある。植松誠理事長は「今日の地球温暖化は危機的な状況にある。日本委員会としてもアクションを起こさねばならない」と話した。

(文化時報2020年2月1日号から再構成)
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【取材ノートから】震災を伝える意味 過去との接点

 阪神・淡路大震災から25年が経過した。私の記憶に残る震災は、被災した子どもたちへ寄付するための玩具を「あげていい?」と母が、4歳の私に一つ一つ確認し、父と一緒にどこかの集約所へ持っていったことのみだ。震災を知らないに等しい私にとって、阪神・淡路大震災は「過去の大地震」という認識だった。
 
 現在、神戸の街は美しく再建され、多くの人々が当たり前に生活している。市民の約半数が震災を経験しておらず、徐々に風化していく震災は「歴史」になりつつある。
 
 一方、宗教者は毎年1月17日に犠牲者の追悼法要や儀式を営み、参列者は「忘れてはいけない」と口々に話す。宗教者の役割とは何なのか。そもそも震災を伝える意味とは、何だろうか。

教会へ向かう車椅子の女性=1月17日、神戸市長田区

 2020年1月17日、早朝5時の神戸。追悼儀式の取材へ向かう途中、暗闇の中をゆっくりと、教会へ向かう車椅子の女性に目が留まった。彼女は神戸で震災を経験し、家族3人でつらい日々を乗り越えて生きてきた。「支え合い、心を通い合わす意味を伝えたい」。そう話してくれた。
 
 経堂に座る牧師は震災を直接経験してはいないが、生まれ育った神戸の街にさまざまな思いがあると言った。「きょうが過ぎて終わる話ではない。傷は一生残り、続いていく。26年目が始まった」と、十字架と位牌を見つめた。
 
 法要を営む僧侶は、志半ばで亡くなった犠牲者や、遺族の思いを噛みしめた。「今が当たり前になってはいけない。震災の経験を後世に伝える必要がある」と力を込めた。
 
 震災の傷跡は、今も人々の記憶の中に残っていた。
 
 今の神戸は6343人の尊い犠牲と、被災者や支援者たちの苦しみや悲しみと向き合った時間の上につくられている。震災で負った心の傷は深く、25年で消えることはなかった。それを今日まで支えてきたのが、人と人とのつながりだった。

 「忘れてはいけない」の言葉には、今の神戸が存在する意味や、傷ついた人々の生きる思いが込められているのだと知った。
 
 人々が手を取り合い、支え合わなければならない瞬間はいつか必ず来る。そうした瞬間のためにも、過去や現在の人々をつなぎ、未来へと伝える接点であることが、宗教者の大切な使命なのではないだろうか。(大槻優希)

(文化時報2020年2月1日号から再構成)
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日航機事故の遺族、僧侶に研修

 1985年8月12日の日航機墜落事故で妻を亡くした工藤康浩さん(59)が、大阪の浄土宗僧侶らを前に講演した。浄土宗大阪教区が行った「グリーフ(悲嘆)研修」の講師として登壇した。悲嘆を抱える人に寄り添うには、第三者と遺族の中間に立つ「2・5人称」の視点が大切だと説き、悲嘆が生きる力に転換する様子を見守ることが必要だと訴えた。

僧侶を前に講演する日航機事故遺族の工藤さん

 工藤さんは結婚後半年で妻を亡くした後、現在の妻である理佳子さんと再婚した。「彼女は、遺族である僕に出会ってしまった。自分自身の夢もあっただろうが、全てを閉ざして僕に寄り添うことを決めてくれたのだと思う」と語る。
 
 事故後の周囲の人々との関わりについては「妙に同情する人がいたが、悲しみの中にいると、それさえも煩わしく感じられた」と振り返り、「時間がたてば忘れるという人もいる。それでも、悲しみは一生残る。悲しみを消すなどということは、あってはならないと思う」と、寄り添いのあり方に言及した。
 
 事故を起こした日航と関わる中で、大切だと感じるようになったのが「2・5人称」の視点。「1人称は被害者、2人称は遺族、3人称は第三者。日航とは互いに2・5人称の立場になったことで、同じ方向を向くことができた」と振り返り、辛苦に耐える人との接し方においても、同様の視点が必要だと述べた。
 
 さらに、事故の風化をどのように見守るのかが第三者には問われているとの見方も示した。「風化は元の姿に戻ろうとすること。当事者は、ゆっくりと変化し、元の生活に戻っていく。風化を止めることは、悲惨な状況をとどめるということになる」と指摘。「変化を理解してもらうことが非常に大事。復興したり成長したりと、悲しみを耐えようとすることに、どうやって寄り添っていけるか。変化に応じて見守ってほしい」と語り掛けた。
 
 その上で、「悲しみに明け暮れるのでなく、悲嘆を別の形に変えていく作業が必要。生きるエネルギーに転換していくことが大切だと感じる」と胸の内を明かした。
 
 受講した僧侶らは「相手の立場になって話を聞くといわれているが、3人称でも2人称でもないと気付かされた」「変化を見つめることが大切だと思った」と自らの姿勢を問い直していた。
 
 工藤さんに寄り添い続けた理佳子さんは「悲嘆を抱える人は、寄り添う人がそばにいることに気付けないこともある。それでも寄り添い続けることが必要」と話している。

 グリーフ研修は1月24日に大阪教務所で行われた。

(文化時報2020年1月29日号から再構成)
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看護と仏教、連携を模索

 医療では解決できない患者の思いに寄り添う場として、寺院を活用できないだろうか。看護と仏教が、在宅ケアなどで協働できる可能性はあるのか。そうした協力関係を模索するリレートーク「看仏連携」が、大阪市天王寺区の浄土宗大蓮寺(秋田光彦住職)で開かれた。医療・介護従事者と僧侶ら計約100人が参加。宗教者と医療者の実践例を聞いたほか、ワークショップを通じて課題を共有した。

「看仏連携」について話し合う僧侶と医療・介護従事者ら=浄土宗大蓮寺

 リレートーク「看仏連携」は2020年1月18日に開催された。参加した医療・介護従事者らは「医療・介護は閉鎖された世界。患者や利用者、家族を助けたくても寄り添えない部分がある」と口をそろえ、宗教者に対して死生観のプロフェッショナルとしての役割を期待した。
 
 緩和ケア病棟看護師の松山寛子さんは「医療従事者と患者には見えない上下関係がある。本当の思いを患者さんは話しておらず、こちらも受け止めきれていないと感じている」と指摘。立場の違いで本音が言いづらくなっているとし、「家族や友人らではない第三者が必要」と語った。

 宗教と関係のない人が、患者や家族の話を聞く「傾聴ボランティア」を行うケースもあるが、宗教者は死生観にたけているからこそ、医療現場に必要だという。松山さんは 「『天国に行ったら愛する人に会える』と言われるだけで、救いになる」と話した。

 兵庫県内の病院で勤務する看護師の松原綾さんは「僧侶であるからこそ、スピリチュアルな悩みに迫れる。寄り添っていただくだけでも救われる」と強調。「残された家族 のグリーフ(悲嘆)ケアにも僧侶の力が必要。泣ける自分がいることを知ってもらうこともできる」と語った。

大勢の医療・介護従事者が僧侶らの話に耳を傾けた=浄土宗大蓮寺

 在宅医療の現場でも宗教者が必要、との声もあった。国立東京医療センター看護師長の澁谷舞利子さんは「自分らしく、自宅で最期を迎えるために、僧侶との連携が必要」と説き、京都鞍馬口医療センター看護師長の一條智子さんは「患者は思いを話す場がない。終活など、医療では対応できないことを話し合える場が求められている」と話した。

 厚生労働省は、医療・介護や生活支援などを一体的に提供する「地域包括ケアシステム」を提唱。高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けられる環境づくりを進めている。

 地域包括ケアシステムの目標年度は2025年。今後は在宅医療が活発になることが予想されている。訪問看護師のニーズが高まるとともに、宗教者には「人生会議」(アドバンス・ケア・プランニング=ACP)などを通じて早い段階から死生観を語り合うことが求められる可能性もある。
 
          ◇
 
 リレートークで登壇した僧侶や医療者らは、どのような実践を重ね、「看仏連携」が必要だと考えるに至ったのか。登壇者の主な発言を紹介する。

宗教とケアの出会いを
秋田光彦・浄土宗大蓮寺住職

秋田光彦氏 1997年に大蓮寺塔頭の應典院を再建し、社会・文化活動の拠点として開放。近年は多様な専門職と終活に取り組む

 お寺は全国に約7万4千カ寺あるとされる。コンビニや保育所の数をはるかにしのぎ、最大の社会資源であるといえる。
 
 資源には四つある。まず歴史・伝統、次に自然。鎮守の森という言葉があるように、お寺があると緑は守られる。三つ目は空間。人々が集まって祈り、学ぶ。そして時間。合理的に割り切れないあの世とか永続的な時間の感覚が、お寺にはある。
 
 仏教は伝統儀式や作法を通じて、日本人の死生観を文化的に支えてきた。一方で、少子化や家族の多様性により、寺離れや墓じまいが進んでいる。公共や臨床の場に宗教者が参画することも増えてきた。
 
 高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを全うできるよう、厚生労働省が進めている「地域包括ケアシステム」は、地域住民が助け合う「互助」を打ち出しているが、町内会があれば問題が解決するわけではない。どのような医療やケアを受けたいかを事前に話し合っておく「人生会議」(アドバンス・ケア・プランニング=ACP)は、病院から在宅へ、施設から地域へ、治療から対話へとケアの基軸を転換させており、宗教者には親しみがある。
 
 だが、宗教者には専門性がなく、ケアの現場に入ることへのためらいがある。ケアをする側には、宗教者への戸惑いがある。お互いがきちんと出会うことが大切だ。
 
 お寺は、いろいろな方々が出会い、交流できる場でもある。「双方が連携すべきだ」と、強く言うつもりはない。揺らぎながら、関わり合うきっかけができればと思う。

お寺で開く「介護者カフェ」
東海林良昌・浄土宗雲上寺副住職

 

東海林良昌氏 宮城県塩竈市生まれ。浄土宗総合研究所研究員、世界仏教徒連盟副事務総長なども務める。専門は浄土宗史など。

 在宅介護では、介護者が深い悩みを抱えるケースが多く、ときには命が失われる。高齢者同士による「老老介護」や、子育てと介護を同時に行う「ダブルケア」、介護離職などの問題が顕在化している。
 
 孤立しがちな介護者へのケアは、行政サービスの対象となっておらず、草の根の市民活動が重要だ。お寺は地域のよりどころ。介護者同士の情報交換や語り合いができるよう、自坊の雲上寺(宮城県塩竈市)で「介護者カフェ」を開催している。

 意見を交えるのではなく、共に悩みを語り、分かち合う。お下がりを利用し、お寺にある物を使っている。仏さまが見守っているという寺院の場の力と、僧侶や寺族の共感力が特色だといえる。
 
 浄土宗としても開催を支援しており、9都道府県20カ寺で実施している。地域の中で「助けて」と言える場所は、たくさんあっていい。お寺がそういう場所になればいいと考えている。

看護から仏事へのバトンパス
三浦紀夫・ビハーラ21事務局長

三浦紀夫氏 真宗大谷派僧侶。得度前は百貨店で10年間、仏事相談員として勤めていた。医療・介護と連携し、独居高齢者を支援している。

 終末期ケアからグリーフワーク(喪の作業)、つまり看護から仏事へのバトンパスが、私の考える第一の看仏連携だ。
 
医師や看護師は、患者の死亡確認から霊安室に向かうところまでは知っているが、その先どうなるのかは分かっていない。逆に僧侶は、その前のことを知らない。果たして、 バトンはしっかり手渡されているのか。投げ渡されているのが実情ではないか。
 
第二は、患者や家族の不安・不快な気持ちを和らげるアプローチ。接し方の難しい患者の元へ僧侶が行き、気持ちを聞かせてもらう。
 
そして第三が、僧侶による看護・介護職への「死の教育」だ。
 
私がセミナーで講義すると、医療者はかなりの確率で、人が命を終えたらどうなるかを「考えたことがない」と言う。そういう医療者は、しっかりした死生観を持たずに、人が亡くなる場面に立ち会っていることを自覚してほしい。

がん看護で考える看仏連携
志方優子・JCHO大阪病院がん看護専門看護師

志方優子氏 大阪府立大学看護学部博士前期課程修了。JCHO大阪病院では緩和ケアチーム看護師として患者や家族と関わっている

 2006年のがん対策基本法制定に伴い、がんとの共生がうたわれるようになった。医療者でも理解は深まっていないが、医療現場ではがんと診断されたときから治療と並行して緩和ケアを行い、生活の質(QOL)の改善を図っている。
 
 全人的苦痛(トータルペイン)という考え方がある。痛みやだるさといった身体的苦痛、不安や鬱などの精神的苦痛、社会的苦痛、それからスピリチュアルペインだ。
 
 「なぜ私がこんな病気になったのか」「罰が当たった」「自分の人生は無意味だった」。こうした表現で現れてくるスピリチュアルペインは、病院だけでは解決できない。解決できると思う方が、怖い気もする。
 
 医療者には、問題解決型の思考が染みついてしまっている。答えを出すことが急かされないコミュニケーションの場や、困っているときにそっと手を差し伸べるような環境が、必要とされているのではないだろうか。

仏教の死生観からケアを考える
鍋島直樹・龍谷大学文学部教授

鍋島直樹氏 龍谷大学大学院実践真宗学研究科長。臨床宗教師研修の研修主任として、心のケアに当たる僧侶を養成している

 「地域包括ケアシステム」においては、多職種連携が重要とされている。看護師と僧侶は、相互に補完する関係にあると言えるだろう。
 
 死は亡くなった本人だけではなく、悲しみ、弔う人がいて初めて成立する。死とは、悲しみと愛があふれることである。
 
 いつどんな所でも、心を支えてくれるよりどころとなるのが、宗教だ。仏教には死生観と共に救済観がある。善悪を問わなくてもいい。全ての死は悲しく、尊く、そのままで救われる。
 
 スピリチュアルケアに当たる僧侶は、患者の苦悩の中にある心の物語に寄り添う。原点は〝 Not doing, but being 〟(何かをすることではなく、そばにいること)。くず籠のようにそばにいて、ありのままの気持ちを受け止める。
 
 東日本大震災を機に東北大学で誕生した臨床宗教師の養成も進んでいる。布教や宗教勧誘をせず、相手の気持ちを尊重するのが特徴となっている。

(文化時報2020年1月25日号から再構成)
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寺社にウォーターサーバー 無償で1000台

 京都市内の寺社などに1000台のウォーターサーバーを無償で配置しようと、京都市とウォータースタンド株式会社(本多均社長、さいたま市)が2020年1月、連携協定を締結した。マイボトルを普及させてペットボトルの削減を図り、マイクロプラスチックによる海洋汚染を防ぐのが狙いだ。3年で配置を完了させる計画で、仏教教団や観光団体に協力を求めていく。

連携協定の締結式で握手を交わす門川大作京都市長(右)と、ウォータースタンド株式会社の本多均社長

 配置するのは、水道直結型で電源を必要としない浄水装置。内部に設けた3つのフィルターを通し、おいしい水を提供する。拝観者の多い寺社や公共施設に合計1000台を寄贈し、どこでも手軽に給水できる環境づくりを進めることで、マイボトルを持ち歩くライフスタイルを提唱する。
 
 工事費やメンテナンス費は、ウォータースタンド社が負担。京都市が仏教教団や観光団体との仲介役を担う。環境保全を積極的に推進しようとする企業には、有償での設置も提案していく。
 
 環境省によると、日本国内のペットボトルの年間廃棄量は約230億本で、うち京都市内は2億5000万本程度と試算されている。
 
 一方、ウォータースタンド社が大阪府内で行った調査では、府民の79%がマイボトルを持っているものの、大半が使っていなかった。同社は、浄水装置のある給水スポットが増えれば、マイボトルの利用が進み、京都市内のペットボトルの廃棄量は6000~1万本減らせるとしている。
 
 京都市は、1997年に国連気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)で京都議定書が採択されたのを機に、環境保全活動を積極的に進めており、その一環として協定締結を決めた。節水型の洗濯機やトイレの普及で上水道使用量が低下し、水道会計の収入が減少していることも背景にあるという。
 
 マイクロプラスチックによる海洋汚染を防止する活動は、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の一つにも掲げられている。全日本仏教会や複数の伝統仏教教団はSDGsを推進しており、ウォータースタンド社は、浄水装置の設置が寺社による社会貢献の一助になるとみて、積極的な導入を呼び掛けている。

(文化時報2020年1月22日号から再構成)
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子ども食堂 お寺が参入するワケ

 真宗大谷派が2020年1月、京都市下京区の本山・東本願寺に子ども食堂を開設した。もともと子ども食堂は、地域住民らが子どもたちに無料または低額で食事を提供する取り組みで、全国3700カ所以上で行われている。なぜお寺が乗り出すのか。大谷派が実施してきた歴史をみると、地域貢献という一言では片付けられないさまざまな社会問題がうかがえる。

東本願寺で行われた「ひがしほんがんじ子ども食堂」=2020年1月

子どもの貧困だけではない

 真宗大谷派と子ども食堂の関係は2015年にさかのぼる。

 きっかけは、フリーアナウンサーの金子よしえさんが、子どもの貧困の解消や、家族が不在のため1人で食事をとる「孤食」を防ぎたいと願い、開設を思い立ったこと。母親の葬儀で縁のあった「真宗会館」(東京都練馬区)に場所の提供を求めた。寺院発のアイデアではなかったというわけだ。

 真宗会館は快諾し、15年4月に「ねりまこども食堂」がスタート。これに触発されたのが、東京都世田谷区の存明寺(酒井義一住職)だった。

 存明寺は、育児に携わる母親同士の情報交換などを目的とした子育てサロンを、12年10月に立ち上げていた。元保育士の酒井浩美坊守が、子どもが成長しても切れ目のない支援をしようと、子ども食堂に着目。夫妻で「ねりまこども食堂」を視察し、サロンの母親たちとも協力して、15年9月に「ぞんみょうじこども食堂」をオープンさせた。

 参加者が増え過ぎたため開催日時を告知できなくなるほどの盛況ぶりだという。

学年を超えた交流の場に

 新潟県上越市の最賢寺は、市内初の子ども食堂を16年7月に始めた。境内にある樹齢300年以上の大イチョウにちなんで「いちょう食堂」と名付け、月1回行う。
 
 同寺の金子光洋さんは「子ども食堂を通じてお寺に集い、学年を超えて遊んでもらえれば、学校生活もより深く充実したものになると考えた」と話す。遊び相手となる学生スタッフが通う上越教育大学や新潟県立看護大学では、子ども食堂サークルも立ち上がった。
 
 メニューは、地域住民を中心とした調理スタッフが考え、大人80~100人分を用意。門徒や地域から寄進された米や野菜を使い、調味料は社会福祉協議会のフードバンクから提供を受けている。共同募金の助成金も活用し、高校生までは無料で食事を提供している。

 金子さんは「上越市が教育支援に力を入れていることもあり、行政からもバックアップをもらって助かっている」と話す。

やるからには…仏教色前面に

 名古屋屋別院(東別院、名古屋市中区)では、藤井正芳輪番の「いつでも子どもが集えるお寺を目指す」との願いのもと、子どもを対象とした事業に力を入れており、18年10月から「東別院こどもカフェ」を年4回実施している。

 子ども食堂には 貧困家庭の救済という役割もあるが、「食について考えながら、大人数で食事を楽しむ」というイメージを大切にする意味から、あえて「カフェ」という名称にした。
 
 保護者を含めて毎回50~ 60人が参加。お勤めと法話の後で食事をするのも特色だ。
 
 東別院社会事業部の藤井貴顕書記は「お寺でやるからには、仏教に触れてほしい」と願っている。宗教行事を含むと、地元のネットワークに加盟できないという弱みが生じるというが、それでも「仏教色を前面に出した別院独自の子ども食堂の形を、これからも続けていきたい」と語った。

お寺のハードを活用する

 本山・東本願寺の子ども食堂は、それに先駆けて始まっていた浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺の「みんなの笑顔食堂」を参考にした。実際に職員が視察したという。

 参加費は子ども100円、大人400円で、50食限定。宗派が年間契約している委託業者が、月1回程度のペースで食事を提供していく。1月に行われたときは子ども11人を含む近隣住民19人が、カレーライスを味わって楽しいひと時を過ごした。

 大谷派の玉樹崇研修部次長は「活動で蓄積した知識を、今後は宗派の寺院に伝えていければとも考えている」と話す。一方で「子ども食堂を行っている一般寺院の方々からも、さまざまな提言やアイデアをいただきたい」と話す。
 
 子ども食堂の会場となっている同朋会館は、全国の門徒や住職、寺族の研修の場として使われる施設。さまざまな交流を深めるには、うってつけと言える。お寺が子ども食堂に乗り出すのは、ハードを有効活用したいという願いもあるようだ。

(文化時報2020年1月18日号から再構成)
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【オウム25年】悩みを救えない…宗教に足りないものは何か

 強制捜査から25年となるオウム真理教事件について、宗教の立場から何をどう考えればよいのか。宗教者と研究者が議論を重ねる「現代における宗教の役割研究会」(コルモス)は2019年12月、同志社大学今出川キャンパス(京都市上京区)で、第66回研究会議を開いた。テーマは「日常からの脱出/日常への帰還」。初の試みとして、シンポジウムを一般公開した。

 コルモスは1971年に第1回研究会議を開催。これまでに「宗教と政治」(75年)、「コンピューター時代と宗教」(82年)、「宗教とボランティア」(98年)、「自死・孤独死・安楽死」(2009年)など、社会課題をテーマに取り上げ、非公開で議論してきた。

 12月26日のシンポジウムでは、会長を務める大谷光真・浄土真宗本願寺派前門が「単なる実践でも抽象的な議論でもなく、より広い立場で宗教の問題を話し合いたい」とあいさつ。氣多雅子京都大学名誉教授は、オウム真理教にひかれた若者が救済や解脱 を求めたものの、昨今は〝救い〟が生きづらさや悩みに応答できなくなっている、と問題提起した。
 
 翌27日は従来通り非公開で意見交換。宗教者による実践の報告やワークショップ形式で討議が行われ、「居場所を失っているかのようにみえる若者に『戻ってこい』と言っても響かない」「痛い、つらいといった身体性を取り戻すことが大切」などの意見が出た。

オウム事件は「過去」でない

 新たな試みを始めたコルモスは、これからどこへ向かうのか。副会長の島薗進上智大学教授に聞いた。

――公開した経緯を教えてください。
 
 島薗「重要な文化問題を宗教者や研究者が論じているのに、社会に開かれていないのはもったいない。それに、研究会の趣旨に照らせば非公開は適切と言えないのではないか、という議論が以前からあった。インターネットの発達などメディア環境が激変したことも、公開する理由となった」

――オウム真理教事件について、コルモスとしてはどのような問題意識を持っていますか。
 
 島薗「若者と宗教の関わり方を見直し、どう関心を広げていけばいいのか。オウム真理教事件の風化が叫ばれる一方で、宗教テロは世界で大きな問題になっているし、攻撃的な宗教に関心を持つ若者も引き続き存在している。哲学や文明論とは異なり、宗教においてオウム真理教事件は過去のものになっていない。それをどう現代的に受け止めていくのか、という問題意識がある」

――今回の研究会議で、成果は ありましたか。
 
 島薗「中身の濃い話し合いができたと考えている。精神文化や思想の問題に関心を持つ人たちが、宗教の重要性を再認識する場になる可能性が、コルモスにはある。宗教教団の現実的な面と、社会に訴えかける面のバランスを取りながら、引き続き問題提起をしていきたい」

力による排除、敵意を増幅

 シンポジウムでは3人が登壇した。
 内藤正典同志社大学教授は「イスラームを力で押さえ込むことの無意味さ」と題し、次のように語った。

 欧州では2015年、シリアやイラクなどからドイツを目指す難民が殺到し、未曾有の難民危機が起きた。排斥の動きは強まり、イスラームへの嫌悪感も押しとどめることのできないレベルまで達した。
 
 イスラーム嫌悪が「差別ではない」という言説まで流布している。フランスは公共の場に宗教を持ち込まない世俗主義の観点から、ドイツはキリスト教国であるという観 点から、それぞれそのような潮流が生まれた。欧州の共通価値を守るものとして外国人排斥が正当化されてしまい、異質なものへの寛容な精神が機能しなくなっている。
 
 ムスリムは難民・移民の第2世代の方が欧州社会に同化しておらず、信仰に基づいて生きている。楽に生きられる、という感覚があるからだ。救いを求める観念は希薄だが、一方で現世がつらければつらいほど、来世に喜びを見出したいと望む。
 
 そこに、「テロによって来世が保障される」という誤った信仰の知識が、ネットを通じて教唆・先導されるようになった。
 
 欧州のイスラーム嫌悪だけでなく、イスラーム圏の統治者たちの堕落と腐敗もまた、静かで深い怒りを引き起こし、暴走する若者を生んでいる。
 
 欧州が内なるムスリムを異化・排除しようとしても、イスラームには国境や国民の概念がない。圧力で啓蒙を試みても、聖俗分離の観念がないから通じない。根本のパラダイムが違うことを了解しなければ、共生・共存は困難であり、力で排除しようとすれば敵意を増幅させるだけだ。

宗教を否定しても、自由は奪われる

 続いて、社会学者の大澤真幸氏が「現代社会において宗教は(どう)役に立つのか」をテーマに講演した。

 「宗教的なイリュージョンにだまされまいとする人は、むしろ誤ることになる」と、ラカンは言った。人間はある意味、宗教にだまされなければならない。
 
 近代資本主義の精神は、プロテスタントにおける一神教の論理を純化させて生まれたが、資本主義ほど宗教の価値をおとしめるものはなかった。神が存在しなければ「全てが許される」と考えるのではなく、「何もかもが許されない」と考えた方が、現代社会の問題を捉えやすい。

 エンデの寓話「自由の牢獄」にみられるように、自由の過剰さは、逆に人間から自由を奪う。

 ネット通販で買い物をすると、ビッグデータを分析して別の商品を勧められる。元々は欲しくなくても、客観的に欲すべきだと言われると、元から欲しかったような気になる。だが、宗教は人生の意味を与えてくれるが、〝データ教〟と言うべきビッグデータを分析するアルゴリズム(計算手順)への信仰は、選択肢を示すだけで意味を与えてくれない。
 
 すべての宗教を否定しても、自由や生きる意味は奪われる。宗教を方便として活用したところで、役に立つから信じるだけであって、資本主義のメカニズムを受け入れることに変わりない。宗教を一つの真理として、まじめに信じるべきではなかろうか。
 
 それこそが、宗教から解放されるための道でもある。宗教の一貫性を徹底して追求すれば逆に矛盾を導き出すことができ、宗教を内側から乗り越えられるからだ。

例外が日常となる絶望

 最後に登壇したのは、杉村靖彦京都大学教授。「『ここにいる』ことの絶望的な困難-『宗教哲学』からの考察」と題し、持論を述べた。

 今日の「宗教哲学」の観点からは、魂の救済や解脱よりも居場所のなさが問題となる理由が見えてくる。表面上は問いが薄く軽くなっているように見えるが、居場所は人間の頼みの綱であり、最後のセーフティーネット。それなしに生きることを強いられることは、生理的な恐怖心を喚起する。

 「いる」ことは、場所とは切り離せない。「ある」との大きな違いだ。ハイデガーと西田幾多郎は、哲学における絶対的原理や宗教における彼岸的超越を、「ここにいる」 ことの参照軸とすることを断念した。その上で、常に「いなくなる」こと、すなわち死と裏表であることの自覚に活路を見出そうとした。
 
 ところが、アウシュビッツとヒロシマにおける大量殺戮は、死や悪の極限であると同時に、死や悪を否定的なものとして自覚する可能性すら奪った。今日まで、そうした例外が日常となってきた。
 
 死に得る可能性が剝奪され、自覚されなくなって脱落する。居場所不全、つまり「どこにもいない」という若者の感覚は、軽薄さや無思慮ではなく、そうした生理的な不全感 の現れと言えるだろう。

 「いる」という感覚が脱落するほど、人は居場所を欲する。一方で合わせ鏡として、集団の圧力が強まり、個々の人間を押しつぶそうとする。このような状況を表現する言葉の断片をすくい取り、拾い集めていくこと。そこにこそ、全てをそもそもから問う哲学と、苦と願いに徹底して寄り添う宗教が、それぞれの持ち場で引き受けていくべき課題があるのではないか。

(文化時報2020年1月11日号から再構成)
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 2020年5月
 文化時報社 社長兼主筆
 小野木 康雄