真言宗醍醐派の総本山醍醐寺(仲田順和座主、京都市伏見区)が、東日本大震災で被災した東北の小学校に桜を届ける活動を着実に続けている。「京の杜プロジェクト」と題した取り組みで、地元の小学生らが太閤しだれ桜のクローン苗木を育て、毎年1本ずつ現地の小学校に贈ってきた。「命がつながっていることを、子どもたちに伝えたい」。震災は来年、発生から10年を迎える。(主筆 小野木康雄)
児童らが苗栽培
京の杜プロジェクトは、醍醐寺と住友林業株式会社、KBS京都による共同企画として2012年度にスタート。京都市立醍醐小学校と立命館小学校の児童らが参加してきた。
太閤しだれ桜は、1598(慶長3)年に豊臣秀吉が醍醐寺三宝院で催した「醍醐の花見」ゆかりの桜。貴重な品種を後世に残そうと、住友林業が2000年、クローン技術による増殖に成功した。
児童らは、このクローン苗木を1年かけて育てる。まず秋に、育成用の堆肥を作るための落ち葉を、醍醐寺の境内で集める。春には苗木を受け取り、観察日記をつけるなどしながら栽培。翌年3月、児童代表が醍醐寺僧侶らと共に被災地の小学校を訪れ、植樹式に臨む。
この間、児童らは醍醐寺での歴史学習や住友林業による環境学習など、関連するさまざまな勉強に取り組む。
自然と手を合わせる
「東北の方々の思いや願いを直接知ることができた」「私たちも亡くなった人と通じ合えた気がした」
醍醐小学校の元校長、林明宏氏の著書『宮古へ届けた醍醐の桜 「京の杜プロジェクト」醍醐小学校の軌跡』(大垣書店)に掲載された京都の児童らの感想だ。逆に、被災地の子どもたちからは「将来、醍醐寺をお参りして桜を見たい」との声が聞かれるという。
一連の学習では、こうした交流を重視している。
14年3月、京都から児童らが初めて被災地を訪れたとき、岩手県宮古市田老地区の防潮堤で、仲田座主は「まだ帰ってきていない命がある」と語り掛けた。津波で流されて行方不明になった人々のために、一心に拝むのだと説明すると、児童らは自然と手を合わせた。
今年3月には、立命館小学校の児童らが福島県いわき市の小学校を訪れて植樹する予定だったが、新型コロナウイルスの影響で訪問は取りやめとなった。
立命館小学校の長谷川昭校長は「震災を知らない子どもたちが増えており、プロジェクトは震災や復興の意味を学ぶまたとない機会。訪問は中断しているが、自分たちの育てた桜が被災地で花を咲かせることに思いをはせてほしい」と話す。
僧侶ならではの支援
京の杜プロジェクトが始まったきっかけは、醍醐寺による震災直後の支援だった。
仲田順英執行をはじめ僧侶らがトラックに乗り、名水「醍醐水」や食料品、トイレットペーパーなどの日用品を積めるだけ積んで、被災地へ向かった。もちろん喜ばれたが、仲田執行には「今すぐできる支援は、僧侶にはないのではないか」と思えたという。
現地でよく「醍醐寺は桜で有名ですね」と言葉を掛けられたこともあり、震災翌年の12年3月、縁のできた田老地区に桜を植えに行った。津波の爪痕が残る町を練行して回ると、あちこちで拝んでほしいと頼まれた。「これこそが僧侶のやるべきことだ」。桜の植樹を続けたいと願ったという。
プロジェクトは、今や醍醐寺が最優先で取り組む事業の一つとなっており、熊本地震の被災地などにも派生している。
「子どもたちには命の循環の勉強と心の教育になっている。命がつながり、いい縁を結ぶことがいかに大切かを、これからも伝えていきたい」。仲田執行は力を込めた。
(文化時報2020年11月4日号から再構成)
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