お知らせ」カテゴリーアーカイブ

noteで連日記事公開 2021年ゴールデンウイーク


 こんにちは。宗教専門紙「文化時報」編集局です。

 年末年始に合わせ、文化時報の紙面で反響のあったインタビュー記事を連日、ブログサービス「note」で公開していきます。
 https://note.com/bunkajiho

 期間は4月29日~5月9日です。
 公開予定記事やスケジュールは、以下をご覧ください。
 https://note.com/bunkajiho/n/ne7d04757aa6c

 よろしくお願いいたします。

文化時報プレミアムは金曜に移行します

 宗教専門紙「文化時報」をご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。

 毎週水曜夕方にホームページとnoteでアップしておりました「文化時報プレミアム」につきましては、新聞発行日の変更に伴い、今週から毎週金曜夕方に変更させていただきます。

 今後とも読み応えのある記事を配信してまいりますので、ご理解の程よろしくお願い申し上げます。
 

noteで連日記事公開 2020-2021年末年始

 こんにちは。宗教専門紙「文化時報」編集局です。

 年末年始に合わせ、文化時報の紙面で反響のあったインタビュー記事を連日、ブログサービス「note」で公開していきます。
 https://note.com/bunkajiho

 期間は12月24日~1月11日です。
 公開予定記事やスケジュールは、以下をご覧ください。
 https://note.com/bunkajiho/n/nbd81a461045d

 よろしくお願いいたします。

【取材ノートから】震災を伝える意味 過去との接点

 阪神・淡路大震災から25年が経過した。私の記憶に残る震災は、被災した子どもたちへ寄付するための玩具を「あげていい?」と母が、4歳の私に一つ一つ確認し、父と一緒にどこかの集約所へ持っていったことのみだ。震災を知らないに等しい私にとって、阪神・淡路大震災は「過去の大地震」という認識だった。
 
 現在、神戸の街は美しく再建され、多くの人々が当たり前に生活している。市民の約半数が震災を経験しておらず、徐々に風化していく震災は「歴史」になりつつある。
 
 一方、宗教者は毎年1月17日に犠牲者の追悼法要や儀式を営み、参列者は「忘れてはいけない」と口々に話す。宗教者の役割とは何なのか。そもそも震災を伝える意味とは、何だろうか。

教会へ向かう車椅子の女性=1月17日、神戸市長田区

 2020年1月17日、早朝5時の神戸。追悼儀式の取材へ向かう途中、暗闇の中をゆっくりと、教会へ向かう車椅子の女性に目が留まった。彼女は神戸で震災を経験し、家族3人でつらい日々を乗り越えて生きてきた。「支え合い、心を通い合わす意味を伝えたい」。そう話してくれた。
 
 経堂に座る牧師は震災を直接経験してはいないが、生まれ育った神戸の街にさまざまな思いがあると言った。「きょうが過ぎて終わる話ではない。傷は一生残り、続いていく。26年目が始まった」と、十字架と位牌を見つめた。
 
 法要を営む僧侶は、志半ばで亡くなった犠牲者や、遺族の思いを噛みしめた。「今が当たり前になってはいけない。震災の経験を後世に伝える必要がある」と力を込めた。
 
 震災の傷跡は、今も人々の記憶の中に残っていた。
 
 今の神戸は6343人の尊い犠牲と、被災者や支援者たちの苦しみや悲しみと向き合った時間の上につくられている。震災で負った心の傷は深く、25年で消えることはなかった。それを今日まで支えてきたのが、人と人とのつながりだった。

 「忘れてはいけない」の言葉には、今の神戸が存在する意味や、傷ついた人々の生きる思いが込められているのだと知った。
 
 人々が手を取り合い、支え合わなければならない瞬間はいつか必ず来る。そうした瞬間のためにも、過去や現在の人々をつなぎ、未来へと伝える接点であることが、宗教者の大切な使命なのではないだろうか。(大槻優希)

(文化時報2020年2月1日号から再構成)
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【文化時報プレミアム 配信開始のお知らせ】

 文化時報は今年に入ってから、オンラインでのニュース配信を休止しています。
 新聞をご購読いただいている読者の皆さまを大切にしたい、と考えているからです。

 一方で、どんな記事が新聞に掲載されているかを広くお知らせしなければ、まだ見ぬ読者の方々とご縁を結べず、「社会と宗教をつなぐ」という使命を果たせません。

 そこで、発行後しばらく経過した紙面の中から、反響のあった記事を厳選し、「文化時報プレミアム」としてお届けすることにしました。

 週1回、水曜日の午後6時にアップします。
 どれも自信を持っておすすめできる良質な読み物です。ご購読の参考にしていただければ幸いです。
 
 2020年5月
 文化時報社 社長兼主筆
 小野木 康雄

無声映画+講談=教化ツール 浄土宗「ライブシアター」の実力

 浄土宗の九州布教師有志会が教化ツールとして制作した「ライブシアター」が12日、関西に初上陸した。近畿地方教化センターと奈良教区が同日開催した「檀信徒大会・聞法会」のプログラムとして上演された。無声映画のような演出と講談風の迫力ある語り口が、檀信徒約800人を魅了。参加者からは地元での実施を望む声が相次いだ。

 「ライブシアター」は、スライド画像をスクリーンに映し出しながら、教師らがその場で台詞を述べて物語を進める仕組み。法然上人の遺跡に参拝できない檀信徒や、仏教に縁遠い人々への伝道を目的に制作を企画し、6〜7年前から「釈尊一代記」「法然上人一代記」「聖光上人一代記」の3作品を仕上げてきた。
 
 今回は「法然上人一代記」に聖光上人の行跡を組み込んだ特別編を上演。法然上人行状絵図などの絵伝や関連する史蹟の画像、有志会メンバーが描いたマンガなどを織り交ぜ、大きさや焦点の変化で動きを出した。
 
 映画さながらの音響と、場面に応じて照射するサーチライトも効果的に使った。講談風の口調やアニメのように親しみやすい言い回しなど、多様な表現で語られる台詞が檀信徒の心を揺さぶり、中には涙を流す人の姿も見られた。
 
 映像中のマンガ制作を担当する早田空善氏(佐賀教区光明寺)は「台詞の掛け合いを多くすることで、若い人にも面白く見てもらえるように工夫している。これまでに20回カスタマイズを繰り返してきた」と話していた。
 
 DVDの制作・販売を求める声も上がるが、ライブ感が薄れるため考えていないという。有志会メンバーの上田光俊氏(佐賀教区浄國寺)は「九州以外での上映は考えていなかった」。上演を見た稲岡亮彦滋賀教区議長は「一代記は書籍や法話でも接することができるが、映像を用いると感性に訴えられる。若い人の教化に役立つのではないか」と話していた。

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歳末助け合い托鉢 総本山園城寺

 総本山園城寺(三井寺)は16日、恒例の「歳末助け合い托鉢」を行った。僧侶や婦人会員ら約30人が観音堂を出発し、山伏行者講の法螺を響かせながら大津市内の長等商店街などで浄財を募った。
 
 戦後の生活困窮者救済を目的に開始し、今年が70回目の節目。布施の心や思いやりの心を社会に広げようと続けてきた。福家英明長吏(94)は「昨今は自分さえ良ければいいと考える人も多いようだが、他者を思う心は大切。助け合いの精神を広めていきたい」と話していた。

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みんな成長したね 比叡山幼稚園児ら「坐禅止観」

 比叡山幼稚園の年長組園児48人が11日、滋賀院門跡の内佛殿で延暦寺の修行「坐禅止観」を体験した。
 
 この日の大津市の最低気温は2.7度。〝比叡おろし〟が吹きすさぶ中、園児らは裸足で坐禅を組み、心静かなひとときを過ごした。
 
 同幼稚園では、集中力や我慢の心を養おうと「坐禅止観」を月に1度取り入れており、今回が卒園前の総仕上げとなった。武田功正園長は「年中組の頃と比べると、一人一人がとても成長した。坐禅止観で養った心を小学校でも生かしてほしい」と話していた。

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「納めの地蔵」鈴虫寺でも大根焚き

 鈴虫寺の愛称で親しまれる臨済宗単立の華厳寺(京都市西京区)は14、15日、お地蔵さまへの感謝と来年の無病息災を願う「納めの地蔵」を催し、大根焚きを行った。
 
 地域の人々が育てた大根1000本を使用し、5000食を準備。初日の2時間だけで1000食以上を振る舞った。桂紹寿住職は「今年は10回目の節目。おいしい大根で喜んでいただければ幸いです」と話した。
 
 今年で3回目の参加という石村晃一さん、美雪さん夫妻は「毎年の楽しみ。これで来年も元気に過ごすことができます」と笑顔を見せた。

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“駆け込み寺”が必要 子どもの貧困めぐり討論 浄土宗

 浄土宗人権センターは5日、浄土宗公開シンポジウム「シングル家庭から考える子どもの貧困」を大正大学で開催した。藤原千沙法政大学大原社会問題研究所教授、吉水岳彦ひとさじの会事務局長(光照院副住職)、小川有閑大正大学地域構想研究所研究員(蓮宝寺住職)がパネルディスカッションを行い、辛さや苦しみから逃れる場としての機能が寺院にあるとの見解で一致した。寺院消滅が危惧される中、現代社会で求められる寺院像は、昔と変わることのない〞駆け込み寺〞なのかもしれない。
 
 吉水氏は「ひとさじの会」を通じた路上生活者の支援を紹介。アパートで生活できるように斡旋しても、路上に戻る人が多いことを明かし、「他者との交流がない生活に、生きる意味を見出せないから路上に戻る。無縁のまま生き、無縁のまま死ぬという社会に意味があるのか」と語った。
 
 また、子ども食堂と学習支援を行う「こども極楽堂」でも、子どもたちが孤独な状態に置かれており、モデルとなる大人と接する機会を持てないと説明した。加えて、深夜に帰宅しない非行少年には、帰る家があっても帰れない孤独があるとし、「人が人として大切にされる社会でなければならない」と訴えた。
 
 自殺対策やグリーフケアの現場で活動する小川氏は「自死を考える人の多くが、幼少時に不適切な養育環境にあり、自分自身が生きる価値を稀薄に感じている」と指摘。自殺への偏見から、遺族が誰にも言えない死別経験の苦しさを感じているとも述べた。「何でも話せて、何でも受け入れられることが大切。寺はそうした余裕を持てる場所になりえる」と語った。
 
(詳細は文化時報12月14日号をご覧ください)
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