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オウム25年③外側だけ残る伝統教団 瓜生崇氏(真宗大谷派)

※2020年3月に行ったインタビュー連載を再構成しました。

 真宗大谷派玄照寺(滋賀県東近江市)の瓜生崇住職は、オウム真理教の後継団体「Aleph(アレフ)」などの脱会者支援を手掛けてきた。自身も「浄土真宗親鸞会」の脱会者。在家だった学生時代に入信し、熱心な布教活動を行った経験を持つ。現在は伝統教団の一員として、自坊の門徒や教えと向き合う瓜生住職は「伝統教団こそ宗教の危機を招いている」と話す。

瓜生崇(うりゅう・たかし)1974年、東京都生まれ。電気通信大学中退。同大学在学中に浄土真宗親鸞会へ入信し、同会講師などを経験。システムエンジニアを経て、2011年から真宗大谷派玄照寺(滋賀県東近江市)住職。日本脱カルト協会会員。著書に『なぜ人はカルトに惹かれるのか 脱会支援の現場から』(法蔵館、2020年)『さよなら親鸞会 脱会から再び念仏に出遇うまで』(サンガ伝道叢書、2017年)などがある。ネコ好き。

何が「良い宗教」なのか

――カルト視される教団の入信者と数多く向き合ってこられました。

 「アレフや浄土真宗親鸞会で、いろいろな入信者を見てきたが、さまざまな宗教のあり方を知った上で、既存の宗教に飽き足らない人が多かった。『阿弥陀さまがすくってくれます。安心ですよ。南無阿弥陀仏』と聞いて納得する人は、そもそもカルト視される教団には入らないという印象だ」

――オウム真理教に対する伝統教団の見方はどうでしょう。

 「問題意識や、人生に対する問いが伝統教団の担い手には薄い。伝統教団側は『オウムは悪い宗教で、我々は良い宗教』と思っているかもしれないが、人間の根源的な問いに答える形で伝道がなされているかという点では、むしろオウムの方が『良い宗教』で、伝統教団の方が『悪い宗教』と言えないか。そもそも良い宗教と悪い宗教が簡単に分けられると思う心自体が、オウムの事件を生んだのではないか」

 《現代の伝統仏教教団では、寺院の基本は世襲制。僧侶は寺に生まれ、当たり前のように教えに触れるが、瓜生氏はその〝当たり前〟の危うさを指摘する》

――伝統仏教教団の僧侶たちには、何が足りませんか。

 「例えば、地下鉄サリン事件の実行犯となった林郁夫受刑者(無期懲役確定、服役中)は、いろいろな新宗教を巡って、自分や人が救われる教えとは何かを真剣に求めた。しかし伝統仏教教団の大多数の僧侶たちには、宗教遍歴すらない。そこの枠から出て行こうともしない」

 「エホバの証人の信者たちにはノルマがあり、一軒一軒回って伝道している。伝統教団の人たちは『教団がなくなったら、経済的に困る』程度の危機感だ。そんなぐらいの『一生懸命』では、カルトの入信者たちとはすれ違う。『伝統教団が教えをもって教化すればオウムに入る人が少なくなる』というのは寝言だ。何も要求されず何も与えない、ぼんやりした宗教が良いというなら、それこそ宗教の危機ではないか」

伝道者は道を求めよ

 《瓜生氏が信仰する浄土真宗の教えは、一般的に修行などの身体性を伴わない。一方で麻原彰晃(本名・松本智津夫)元死刑囚の率いるオウム真理教は、ヨガを基に独自の修行を考案し、信者を増やしていった》

――伝統仏教教団の教えは、悩み苦しむ人に応えられないのでしょうか。

 「伝統仏教教団は、オウムに入信するような人々の悩みに応える教えを持っている。だが、教団の中にいる人たち自身が、教えを求めていない。求めているのは、耳に心地良い言葉と、懐古主義的なヒューマニズム、そして『いのちの大切さ』ぐらいだ」

 「教えに説かれることが本当にあるのかと疑問に思った人は、何らかの身体性を求める。浄土真宗親鸞会などにも身体性がある。信心をいただいて救われるということが、体験を通じて明確に自覚できると彼らは言う」

――身体性に頼ると危険ではありませんか。

 「身体性で宗教の真実性を自覚してしまうと、体験そのものを握り締めてしまう。これはオウムが陥ったわなでもある。体験そのものを真実にしてしまうと、『麻原元死刑囚が正しい』と逆の真理を語り始める」

 「仏教は皆が聞かねばならない教えではなく、私一人が聞いていく教え。ところが仏教教団の中にいることで、自分が『救われた人間』になってしまう。『いかに易しく伝えるか』ばかりが論点になってしまい、『私が聞いている教えは本当か』という問いが生まれてこない。伝道者が求道者になっていない。だが道を求めていない人の話を、求めている人が聞くはずがない」

カルト教団すら成立しない

 《地下鉄サリン事件から25年。この間に情報化社会が進展し、カルト教団の活動は全体的に縮小傾向にあるという》

――現在のカルト教団はどのような活動を展開しているのでしょうか。

 「インターネットが普及し、教団のネガティブな情報が即座に共有されるようになったので、昔のオウムのような大教団は生まれていない。せいぜい10~20人が集まる『ミニカルト』ができては消えていくのが現状だ。だからこそ、状況は見えにくい」

――アレフの現況をどう見ますか。

 「アレフは非常に静かだ。2018年7月の麻原元死刑囚の死刑執行後も静かだ。彼が教えた修行を地道にやり続けていこうという形をとっている。教団成立から40年ほどが経過することもあり、ある意味で成熟してきている」

 「アレフの幹部はヨガ教室を開いたりしているが、必ずしも入信に結び付いているわけではない。出家者もそれほど増えておらず、道場にもよるが、世俗化しつつあるのではないか」

――カルトが成立しにくい状況は、伝統教団にも共通しているかもしれません。

 「アレフにしか居場所がない人も多い。新宗教できちんと修行しようと思うと、できる教団は限られる。人間の根本苦を見つめることは、本来伝統教団の使命であるはずだが、伝統教団の方が現世利益化してしまっている。伝統教団にも真面目に信仰を追求している人たちはいるが、教団がそこに目を向けることはない。みんなにとって素晴らしい教団であろうとしすぎているのだろう」

――伝統教団の未来を、どのように考えていますか。

 「伝統教団には、寺や教団という足かせがあったからこそ、できた側面もある。私自身は、寺は教えに出遇う所だと思っている。簡単には捨てられない重たい物。それを先人が作ってくれたおかげで、仏法に出遇う人がいる。寺や教団にも意味は当然ある。しっかりと残さねばならない」

 「だが、このままだと教団の外側だけが残って肝心の中身が静かに死んでしまうのではないか。道徳のような別の物に生まれ変わってしまう危機感がある。真宗が道徳になっていくなら、存在意義はない」
             ◇
 瓜生崇(うりゅう・たかし)1974年、東京都生まれ。電気通信大学中退。同大学在学中に浄土真宗親鸞会へ入信し、同会講師などを経験。システムエンジニアを経て、2011年から真宗大谷派玄照寺(滋賀県東近江市)住職。日本脱カルト協会会員。著書に『なぜ人はカルトに惹かれるのか 脱会支援の現場から』(法蔵館、2020年)『さよなら親鸞会 脱会から再び念仏に出遇うまで』(サンガ伝道叢書、2017年)などがある。ネコ好き。

(文化時報2020年3月14日号から再構成)
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オウム25年②信者も被害者だった 楠山泰道氏(日蓮宗)

※2020年3月に行ったインタビュー連載を再構成しました。

 日蓮宗大明寺(神奈川県横須賀市)の楠山泰道住職は、約30年前からオウム真理教の脱会者支援に取り組んできた。地下鉄サリン事件と教団への強制捜査があった1995年には、他宗教の聖職者や医師、弁護士らと共に「日本脱カルト協会」を設立。「サリン事件で加害者となった信者も、マインドコントロールをかけられた〝被害者〟であると受け止めることが必要」と話す。

楠山泰道(くすやま・たいどう)1947年生まれ。立正大学仏教学部仏教学科卒。日蓮宗大明寺住職、日本脱カルト協会顧問。深愛幼稚園園長、宗教法人大明寺「青少年こころの相談室」室長。著書に『法華経の輝き―混迷の時代を照らす真実の教え』(大法輪閣、2014年)、『カルトから家族を守る』(毎日新聞社、00年)などがある。

善良さが社会を敵視した

 《1995年3月20日に起きた地下鉄サリン事件は死者13人、負傷者6千人以上を出し、オウム真理教の幹部や信者が多数逮捕された》

――事件について、どのような考えを持っていますか。

 「事件には2種類の被害者がいる。一つはサリンをまかれたことで突然亡くなり、後遺症を負った何の罪もない人たち。もう一つは、実行した信者とその家族だ。彼らもまた、マインドコントロールをかけられたことによって、健やかな人生や青春を奪われた被害者に違いない」

 「では加害者は誰なのかと言えば、当時の社会背景を作った人々。すなわちこの問題について何も考えず、興味も持たなかった大人たちではないだろうか」

 《楠山氏は地下鉄サリン事件の前から、オウム真理教をはじめカルト視される教団からの脱会者支援を行っていた》

――脱会者支援を始めたきっかけは、何だったのですか。

 「オウムの脱会者支援を始めたのは1990年。当時、私は教員をしており、青少年の非行問題に取り組んでいた。その中に入信した子がいて、脱会させたのが活動の始まりだった」

 「カルト宗教の情報を共有する勉強会を毎月重ねるうち、入信してしまった子を取り返したいという親御さんが、どこにも相談できずに集まってきた。これまで約200人と会い、40人ぐらいの脱会に関わった」

――カルトの一番の問題は何でしょうか。

 「入信するとお金を奪われるだけでなく、人生の大事な時間と人間関係を壊される。家族や友人、社会での居場所が失われてしまう」

 「入信するのはまっすぐで良い人が多く、教団の教えにより世の中を救おう、善いことをしようと思っている。だからこそ、解決しがたい。脱会させようとして『間違っているよ』と指摘すると、『なんで邪魔するんだ』と敵視される」

――攻撃性を強めていくわけですね。

 「カルトの特徴は、カルト的理想郷をつくろうとする点にある。例えばオウム真理教がオウム王国をつくろうとしたように、信者を出家させて家族と断絶させ、マインドコントロールしていく。すると社会から攻撃されていると信じ切って、自分たちを守ろうと団結し、執念深く行動するようになる」

宗教テロを予防しない国

 《公安調査庁によると、オウム真理教の後継団体は、主流派の「Aleph(アレフ)」が2019年に約100人の信者を獲得。死刑執行後も、麻原彰晃(本名・松本智津夫)元死刑囚への絶対的帰依を示している。「山田らの集団」、「ひかりの輪」も活動を続けている》

――アレフの活動をどう見ていますか。

 「札幌市白石区に大きな拠点がある。オウムを知らない若い信者たちはみんな『事件は政府の陰謀だ』『マスコミのでっち上げだ』と信じている。ヨガ教室から入信させ、出家主義をとっている」

――現状ではどんな対策が有効でしょうか。

 「日本は多くのカルト教団が存在してきたにもかかわらず、カルト問題については何ら方法も手段も持っていない。オウム事件ですら、再発防止策を講じることなく闇に葬ってしまった」

 「英国やドイツなど海外メディアから取材を受けると、彼らの問題意識は『宗教テロ』の予防だとわかる。米国でもオウム事件を参考に対策を立てたと言われている。日本はおそらく誰も予防のことなど考えていない」

――カルトの定義が難しいという側面もあります。

 「カルトは本来、熱狂的な集団と呼ばれるもの。問題は、常識を超えて反社会的な行動を取る破壊的なカルトだ」

 「もっとも、私は宗教者として『宗教違反』をする団体が問題だと考えている。私の場合は仏教だが、社会的常識を逸脱した行為や人権を無視する行為は『宗教違反』と認定できる。『あなたたちの教えは宗教違反です』とはっきり言える教団や宗教者が求められているのではないか。社会問題になったときに、信教の自由を保ちながらも、『宗教違反』や破壊的カルトだと見極める仕組みがなければならない」

死刑に奪われた機会

 《日本脱カルト協会は2018年3月15日、麻原元死刑囚を除く死刑囚12人について、死刑を執行せず、無期懲役に減刑する恩赦を検討するよう求める要請書を、法相に提出した。しかし7月6日に麻原元死刑囚を含む7人、同26日に6人の死刑が執行された》

――死刑執行についてはどうお考えですか。

 「オウム事件は『宗教テロ』だった。あれだけ優秀な人たちがなぜ入信し、問題を起こしたのか。人を殺し、命が失われる修行などあってはならない。それなのになぜ、彼らは一生懸命〝修行〞に励んだのか。私はマインドコントロールという言葉を頼りにしたが、今でも半分は納得できない」

 「だが、優秀な人たちがマインドコントロールを受けてテロリストになる過程について、知見が得られるはずの機会は、死刑執行によって奪われた。彼らが生きてさえいれば、マインドコントロールが解けた段階でわかることがあった」

 「信者と教祖が一緒に死刑になるのは正しいのか。麻原元死刑囚が救ってくれると信じた元死刑囚もいたが、麻原元死刑囚は結局、何もできなかった。アレフなどの残された信者たちに向かって、当時の幹部が証言し、解明できることはあった。何もできなくなった悔しさが残る」

――宗教の役割をどう考えますか。

 「伝統仏教の役割は、心穏やかに健康でいることが生きる価値だ、と教えること。これをカルトが教えるから問題になる。泣いて来た人を笑顔で帰してあげる。苦しい人を救ってあげる。そうしたことを、お寺は仕事にしなければならない。宗教者の目的は、救うことなのだから」
            ◇
 楠山泰道(くすやま・たいどう)1947年生まれ。立正大学仏教学部仏教学科卒。日蓮宗大明寺住職、日本脱カルト協会顧問。深愛幼稚園園長、宗教法人大明寺「青少年こころの相談室」室長。著書に『法華経の輝き―混迷の時代を照らす真実の教え』(大法輪閣、2014年)、『カルトから家族を守る』(毎日新聞社、00年)などがある。

(文化時報2020年3月11日号から再構成)
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オウム25年①問われる信教の自由 小原克博氏(同志社大学)

※2020年3月に行ったインタビュー連載を再構成しました。

 日本宗教史上例を見ない無差別大量殺人を犯したオウム真理教。教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)元死刑囚ら教団幹部13人の死刑が2018年に執行され、事件は平成のうちに幕を下ろしたかに見えるが、宗教界には解決できていない課題が依然残る。オウム事件とは何だったのか。警察の強制捜査から25年を迎えた今年、宗教者や宗教学者のインタビューを通して、改めて考えたい。

小原克博(こはら・かつひろ)1965年、大阪生まれ。同志社大学大学院神学研究科博士課程修了。現在は同志社大学神学部教授、良心学研究センター長。専門はキリスト教思想、宗教倫理学、一神教研究。著書に『ビジネス教養として知っておきたい 世界を読み解く「宗教」入門』(日本実業出版社、2018年)などがある。

伝統教団が宗教教育を行うべきだ

 《小原克博同志社大学教授は、宗教者と研究者らでつくる「現代における宗教の役割研究会」(コルモス)のメンバーとして、ここ数年、オウム真理教事件をテーマに議論を重ねている。今回は「宗教リテラシー」を養う重要性を尋ねた》

――オウム真理教は、宗教と呼べるのでしょうか。

 「事件前からオウム真理教をおかしいとみていた宗教学者もいたが、ユニークだとして賛辞を贈った学者もいた。良い宗教と悪い宗教の境界線は、簡単に引けない。『無条件で非難しても構わない』という思考停止に陥らないためにも、異質な宗教を安易にカルトと断定することは避けねばならない」

――どうすれば良い宗教と悪い宗教を見分けられるのでしょうか。
 
 「ドメスティックバイオレンス(DV、夫婦や内縁者間の暴力)と似ているのだが、支配構造に入って洗脳されると『助けて』とすら言えなくなる。入る前に『この宗教はおかしいかもしれない』というセンサーを働かせることが大切だ。そのためには、宗教の基本を理解する『宗教リテラシー』が必要になる」

――「宗教リテラシー」を習得するのは、容易ではないように思えます。

 「戦後世代は公教育の中で宗教とは何かを教えられておらず、老いも若きも無知に等しい。現代社会で宗教教育が直接できるのは、伝統教団だ。戦前の日本人なら、お寺の日曜学校でお経を学んだり仏教唱歌を歌ったりすることで、子どもの頃から体得できた」

 《日本国憲法20条3項には「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」との定めがある》

 「伝統教団にとっては、まずは自分たちの檀家や信者になってほしい、という切羽詰まった危機感はあると思う。それはわかるが、自分たちの信仰や教えを中心としながらも、広い視点で宗教とは何かを考えられるようにしてほしい。『宗教リテラシー』は、単なる知識ではない。信教の自由の大切さを納得できる教育が欠かせない」

荒唐無稽な宗教でも尊重する

 《事件当時、オウム真理教の幹部は「日本の寺は風景でしかなかった」と語った。その言葉に、伝統仏教教団の僧侶たちは衝撃を受けたと言われている》

――伝統教団は当時、オウム真理教を面と向かって批判していませんでした。なぜ見過ごしたのでしょうか。

 「端的に言えば、自分たちに関係ないと思っていた。縄張りを荒らされたら困るが、変わった宗教が妙な教祖の下でヨガをやっているだけならいいだろう、と静観していた。自分たちを正しいと思い込むだけで、積極的な批判や質問をしてこなかった」

――そうした態度が、オウム真理教の暴走を生んだと考えられませんか。

 「佐々木閑花園大学教授が指摘しているが、初期仏教のサンガには、修行のための厳格な『律』があった。もし麻原元死刑囚が『律』の重要性を理解していたら、不殺生戒を破る殺人は犯さなかっただろうし、ポアという言葉を簡単には使わなかったはずだ」

 「オウム真理教の唯一のルールブックは、麻原元死刑囚だった。『律』がないゆえに、自分たちの欲望や思いが暴走しても、止める仕組みがなかった」

――麻原元死刑囚の説く教えに引かれた若者もいました。

 「いつの時代にも、世の中の理屈や論理に満足できず、別の秩序や非日常的な世界に何かを求める人はいる。オウム真理教の幹部の多くは、最高の教育を受けて医師や弁護士などになっても、日常のレールを走り続けることに疑問を感じ、違う世界に飛び込んだ」

 「社会常識が分かっていない、と言って宗教を批判しても意味がない。常識では測れないものを求めてきた人たちの集団が、宗教教団だからだ」

――われわれにも奇異な目で見ない寛容性が必要だった、ということでしょうか。

 「いかに荒唐無稽で理解しがたい宗教でも尊重しなければならない、というのが、信教の自由における基本的な考え方。宗教戦争で体得した欧州と異なり、日本にはその大切さに気付く経験が乏しかった」

死刑執行、宗教界は無視するな

 《公安調査庁は1996年7月、破壊活動防止法に基づくオウム真理教の解散指定処分請求を公安審査委員会に行った。公安審査委は97年1月、請求を棄却。オウムは破防法の適用を免れた》

――破防法適用の是非を巡っては当時、信教の自由がテーマの一つになりました。
 
 「破防法を適用すべきだという意見が強かった当時、議論を積み上げ、簡単に宗教団体をつぶさないと決断したことは、正しかった」

 「日本には戦争の教訓がある。キリスト教や大本などは、秩序に反するとみられるや否や、国家につぶされてきた。国家権力が宗教団体の破壊や停止に関わったという戦時下の苦い記憶が生かされたと言える」

 《一連のオウム事件では、麻原元死刑囚を含む教団幹部13人の死刑が執行され、改めて死刑を巡る議論が起きた》

――麻原元死刑囚を除く幹部を死刑にしてよかったのかという疑問や、麻原元死刑囚自身を死刑にすべきだったのかという議論もあります。

 「死刑制度に対する檀家や信者の賛否は真っ二つに分かれる。仏教徒だからと言って、死刑に反対する人が極端に多いわけではない。だから各教団の意見がまとまりにくく、仏教界が一枚岩にならない」

 「だが、白黒はっきりさせなくても、死刑に関する議論はしなければならない。オウム事件の死刑執行を宗教界は無視すべきではない。国家が生殺与奪の権を握るという死刑制度を維持していいのか、宗教教団がそれを放任していていいのか、という問いが突き付けられている」
 

          ◇
 小原克博(こはら・かつひろ)1965年、大阪生まれ。同志社大学大学院神学研究科博士課程修了。現在は同志社大学神学部教授、良心学研究センター長。専門はキリスト教思想、宗教倫理学、一神教研究。著書に『ビジネス教養として知っておきたい 世界を読み解く「宗教」入門』(日本実業出版社、2018年)などがある。
           ◇
【用語解説】オウム真理教事件
 1989年の坂本堤弁護士一家殺害事件、94年の松本サリン事件、95年の地下鉄サリン事件など、オウム真理教が引き起こした数々の凶悪事件の総称。地下鉄サリン事件では、幹部らが東京都内の地下鉄5列車の車内で猛毒のサリンを散布し、乗客や駅員ら13人が死亡、6千人以上が重軽傷を負った。一連の裁判では、麻原元死刑囚の指示を受けた幹部や信者らが、教団を批判する人たちを襲い、強制捜査を阻止しようと無差別テロを起こしたと認定された。

(文化時報2020年3月7日号から再構成)
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「グリーフケアは僧侶の使命」当事者、学んで向き合う

 大切な人を亡くした悲嘆(グリーフ)について当事者が学び、回復につなげていく浄土宗の寺院がある。京都市右京区の西寿寺。「グリーフケアは僧侶の使命。そこに命を懸けている」と話す村井定心住職も、当事者だった。3月3日には、活動のきっかけとなった黒川雅代子龍谷大学短期大学部教授を招いて講演会を開き、身近な人との死別を経験した10人ほどが集まった。(大橋学修)

黒川雅代子教授を招いて行われたグリーフケアの講演会=京都市右京区の西寿寺

 村井住職は2009年3月、西寿寺の先代住職が急逝したことで、悲しみに暮れた。それが、黒川教授が寄稿したグリーフケアに関する新聞記事を読み、「心の救いにつながった」。以来、講演会を繰り返し開き、自身の悲嘆と向き合ってきた。

 4年ほど経過した頃、先代住職との死別が自分自身の人生に必要なことだったと感じるようになった。「気の毒なのは庵主さんではなく、私だったのだと気付いた。仏さまにお預けしたのだから、安心していいのだ」

 亡くなったのは、自分の作る食事が健康に配慮していなかったせいではないのか。そう自分自身を責めたことがあったが、「庵主さんが身をもって教えてくださった」と感じるようになったという。
 
 寺を訪れる遺族たちへの対応も変わった。「頭で理解しようとしていたのが、心で気持ちが分かるようになった。『頑張らなくても良いのですよ。理解してくれる人の前では、悲しんで良いのですよ』と言えるようになった」

 この日の講演で黒川教授は「予備知識がなく、周囲に死別を体験した人がいなければ、話を聞いてくれる人や話せる場がない」と語った。高齢になって配偶者と死別すれば必ず孤独を感じるとも指摘し、「従前からコミュニティーを作っておくことが必要」と伝えた。

 3カ月前に配偶者と死別したという参加者は「グリーフケアの話を聞いて、本当にピタリときた。悲しみは悲しみなので、そこにどう向き合うのかが大切に感じる」と話していた。

西寿寺の村井定心住職

喪失と回復の往復

 グリーフケアは、2005年のJR福知山線脱線事故を機に広く知られるようになり、11年の東日本大震災でもその重要性が指摘された。黒川教授は、遺族会の運営支援に携わる専門家として知られる。

 黒川教授によると、グリーフは喪失に対するさまざまな反応のこと。食欲不振や睡眠障害などの「身体的反応」、悲しみや怒りなどの「心理的反応」、「行動反応」があり、人によって表れる反応は異なる。

 特に「行動反応」には、スケジュールを埋めて活発に活動しようとする「過活動」があり、他人から見ると回復したと誤解されやすい。子どもを亡くした夫婦で、夫が「過活動」となって妻が引きこもるケースもあり、互いに反感を抱く原因にもなるという。

 こうした悲嘆反応にある状態を「喪失志向」、これからの人生をどのように歩むのかを考える状態を「回復志向」と呼ぶ。時間薬という言葉もあるが、心の状態は喪失志向と回復志向の間を往復するように揺れ動き、徐々に悲嘆から脱却する経緯をたどる。

グリーフケアの模式図

 どんな人でも、自分がどう生きていくかをイメージする。想定していた人生の舞台から登場人物がいなくなることで、喪失志向に陥るのだという。

 黒川教授は「死別した人には、違う形で登場してもらう必要がある。過去はつらい思い出ではなく、豊かな人生に転換するものにしなければならない」と指摘。「どのような人に出会うのか、どんなサポートを受けるのかが大切。人との関わりが重要になる」と話した。

 また、「日本人には古来、悲嘆に向き合おうとする文化がある」と解説。万葉集に、悲嘆をテーマとして心を整理しようと詠まれた歌があることや、7日ごとに経を読んで悲しみを分かち合う中陰法要を例に挙げた。
          ◇
 黒川雅代子(くろかわ・かよこ) 1965年生まれ。龍谷大学短期大学部教授。かつて救急救命の看護師として多くの死別と向き合い、救命されても後遺症で不自由な生活を送らなければならない現実に直面。龍谷大学で社会福祉を学び直した。在学中に遺族のセルフヘルプ・グループ「神戸ひまわりの会」の立ち上げに関わったことが契機となり、グリーフケアの研究者としての道を歩んだ。

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バレンシア禅堂訪問記「僧侶の初心に帰れた」

 曹洞宗宗議会元議長の砂越隆侃(すなこし・りゅうかん)泉龍寺住職(72)=相模原市南区=は今年1月17日、スペイン東部バレンシアにある和光禅寺(Templo ZenLuz Serena)を初めて訪れた。欧州の曹洞宗寺院の一つで、1989年に堂頭のヴィラルバ独照氏(国際布教師)が創建した。熱心に修行する僧侶らの姿に心を打たれたという砂越住職は「僧侶の初心に帰れた」と話す。

(Templo ZenLuz Serenaのフェイスブックから)

フランス拠点に

 欧州における曹洞宗の国際布教は、67年に弟子丸泰仙師が渡欧したことに始まる。フランスを拠点に坐禅中心の布教活動が行われ、各地に広まった。

 日本大学芸術学部出身の砂越住職は、恩師だった長塚隆二教授(後のリヨン大学客員教授)の紹介で、20代前半の頃に1年ほど仏北西部ブルターニュで過ごした。そのとき、パリ・モンパルナスの禅センターに弟子丸師を訪ねたことがあったが、運悪く、弟子丸師は大本山永平寺へ赴いていて、会うことはかなわなかった。

 その後、砂越住職は僧侶となり、2007年の曹洞宗ヨーロッパ国際布教40周年では、弟子丸師の活動拠点だった禅道尼苑(仏東部ブロア市近郊)での法要に随喜。曹洞宗出版部長時代には峨山禅師大遠忌予修法要の導師を務め、17年の開教50周年にも赴くなど、節目の法要には欠かさず参列している。

 今回は、寺院名鑑でスペインにも曹洞宗海外寺院があることを知り、「ぜひ参拝したい」と思い立って実現した。

スペインの大自然

 地中海に面したバレンシアは、1月とは思えないほどの陽光に輝いていた。空港に到着すると、2人の修行僧が砂越住職の名前を記したボードを掲げ、迎えに来てくれていた。

 車で約1時間。ブドウ畑を通り過ぎ、国定公園に向かう途中の丘に、和光禅寺はあった。山岳地のため意外に肌寒く、「修行道場に入山したことを実感した」という。

 風光明媚な33㌶の敷地に、本尊をまつる坐禅堂や食堂、修行僧や参禅者の宿舎がそろう。到着すると砂越住職は、バンガローを立派にしたような部屋に通された。そこで改良衣に着替え、坐禅堂に赴き、本尊に参拝した。
 
 堂頭の独照氏は、あいにくイタリアの禅堂の摂心に赴いていて不在だった。独照氏は若い頃には日本にいて、両本山にも瑞世したという。「ヨーロッパとスペインにおける禅について、砂越老師とゆっくりお話をしたかったのですが、残念です。またぜひお越しいただき、お目にかかれますことを楽しみにしております」とのコメントを残していた。

 空港から引き続き、2人の修行僧が山内を案内してくれた。禅堂では男女が共に修行し、男女別の宿泊施設があった。砂越住職が感銘を受けたのは、大自然の中、輪になって瞑想できる施設だった。山内には枯山水の庭も作られていた。

(Templo ZenLuz Serenaのフェイスブックから)

充実した修行生活

 食事の前には全山に響くように雲版が鳴らされ、山の中で作務をしていた人たちも食堂に集まった。6人ほどの修行僧と共にスペイン語で五観の偈を唱えて食事した。

 「いつもは応量器で食事している彼らも、私が来ているからと、特別にパエリアとバレンシアオレンジで歓迎してくれた。諸堂参拝や、修行僧の方々とも交流したが、食事の作法や、行持が綿密であることに感動した」

 和光禅寺では、年間を通して瞑想のリトリートや仏教研究のセミナー、ワークショップなど、さまざまな活動が行われており、摂心の期間には多くの参禅者が集う。約3時間の訪問だったが、修行僧の姿に砂越住職は新鮮さを覚えたという。

 「言葉は悪いが、私たち日本の僧侶は、本山や専門僧堂に僧侶としてのライセンスを取りに行っている。しかし、彼らは自らが進んで修行を楽しみ、三昧しているとも言える充実した時間を送っている」

 次の渡航先をスイスに決めているという砂越住職は、現地の禅堂を訪問することで、日本の曹洞禅が現地の人々にいかに溶け込んでいるか実感し、勇気をもらいたいと考えている。

 砂越住職は言う。「日本では見ることの少なくなった、生き生きとした修行生活を目の当たりにし、私自身が僧侶としての初心に帰れた。日本の宗侶や寺族の方々も、せっかく欧州に行くのなら、時間を作って現地の禅堂を参拝してみてはどうだろうか。きっと歓迎してくれるはずだ」

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「いのちのケア」実践を 臨床仏教公開講座

 花園大学国際禅学研究所と一般社団法人アジア南太平洋友好協会が主催する「臨床仏教公開講座」が2月18日、全日程を終えた。最終講義は、臨床仏教研究所(東京都中央区)の神仁研究主幹が講師を担当。聴講生を含む70人以上を前に、「いのちのケアの実践―現代社会における臨床仏教師の使命」と題し、さまざまな苦しみの現場におけるケアのあり方を説いた。

神仁研究主幹の最終講義が行われた臨床仏教公開講座


 同講座は、臨床仏教研究所が資格認定する臨床仏教師養成関西第2期プログラム(通算第6期)の座学を兼ねている。

 神研究主幹は、臨床仏教師は子どもからお年寄りまであらゆる人に寄り添い、生老病死にまつわるさまざまな苦悩に向き合う仏教のあり方だと説明。関係性を見極め、相手のスピリチュアリティーに合わせることが重要だと話した。

 その上で、「相手のいのちに従って寄り添い、患者ファーストの医療を行っていくことが大切」と強調。「心の安寧をもたらすことがいのちのケア。安心して次の世界に行けるよう、送り出してほしい」と伝えた。

 受講した臨済宗妙心寺派の白井清牧清蔵寺住職(和歌山県新宮市)は「臨床仏教は現場に即した仏教だと感じた。今後、自分が住職を務めるうえで役に立つ学びを得ること
ができた」と話した。

生きる仏教 釈尊が原点

 臨床仏教師は、チャプレンやビハーラ僧、臨床宗教師などに近い宗教者の専門職。2013年に養成が始まった。指導役に相当するスーパーバイザーを含めて15人が活動。その範囲は病院や被災地以外にも広がっている。

 背景には、人は生まれてから死ぬまで、さまざまな段階で苦しみを抱えて「いのちのケア」を求め得る、という考え方がある。

 生死の問題に直面したとき、死への恐れや人生の意味を問う形で現れる苦痛のことを、医療界などでは「スピリチュアルペイン」と呼ぶ。専門職は、スピリチュアルペインを和らげるケアのことを「スピリチュアルケア」と言うが、臨床仏教師は「いのちのケア」と呼ぶ。仏教色を前面に打ち出した表現だ。

 臨床仏教師の活動は、釈尊の教えの原点に戻ることだともいえる。

 釈尊の教えは「臨床」を除いては成り立たない。寺院は教育や医療、福祉などさまざまな機能を担い、絶えず「臨床」の現場に存在していた。

 しかし明治期以降、学校や病院、福祉施設といった専門の施設が整備されたことで、役割は縮小。寺院が取り扱うのは葬式や法事に限定されるとのイメージが定着し、現代の日本人が、釈尊の伝えた「臨床」を仏教から連想するのは難しくなった。

 一方、近年では被災地や医療現場で活動したり、さまざまな社会課題に取り組んだりする僧侶から、仏教者らしい振る舞い方を学びたいと願う声が多くある。裏を返せば、僧侶の社会的な役割を見直す時代に差し掛かってきたと言える。

 神仁研究主幹は「臨床仏教師は釈尊のあり方そのもの。日本では『臨床』という言葉をつけないと、仏教を理解してもらえない。形式だけの仏教ではなく、原点である生きる仏教を、我々は学び直す必要がある」と警鐘を鳴らす。

 公開講座は、生老病死の全ての苦に寄り添うケアを主軸に、全10回の講義が組み立てられた。特徴的なのは、苦しみを生み出さないために、予防としての情操教育を重んじたこと。丹治光浩花園大学学長や、五位堂安養日曜学校の中村勝胤氏は、子どもに寄り添うことをテーマとした。大念仏寺社会事業団の野崎裕子氏の講義では、孤立した母親への支援などを学び、問題行動に走らない教育や問題が生じたときの寄り添い方などについて、理解を深めた。

アジア南太平洋友好協会会長の河野太通老師は、臨床仏教師への期待を語った

 最終講義の2月18日、河野太通アジア南太平洋友好協会会長は「全ての僧職者が臨床仏教師であることが理想。それこそが、これからの仏教のあり方だと思う。受講者たちがこの先、大きな影響を及ぼしてくれることを期待している」と伝えた。

 臨床仏教師は、人々の苦に寄り添い続けるためにも、多職種が連携する〝接地点〟として地域をまとめる役割が期待される。心の安寧を求める仏教者が核となれば、地域社会の環境をより豊かにしていくことができるだろう。

(文化時報2020年2月29日号から再構成)
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東北福祉大学「名誉学長」騒動 第三者委の見立ては

 曹洞宗宗門関係学校の東北福祉大学(仙台市青葉区)を運営する学校法人栴檀学園は、学長交代を機に名誉学長の授与をめぐる騒動が起きたとして、第三者委員会を設置して調査を進めている。第三者委員会は2月18日、中間報告を発表し、「適正な手続きを経ずに、名誉学長職の授与と任務に関する規定変更が行われた。前学長への名誉学長の称号授与は認められない」と結論付けた。一連の騒動の背景を検証する。
 

「名誉学長」の称号を巡り第三者委員会が設置された東北福祉大学

称号授与、一転して発令停止

 東北福祉大学の大谷哲夫前学長は、駒澤大学学長や総長を歴任した後、大本山永平寺の同安居(修行の同期)だった釜田隆文氏が曹洞宗宗務総長を務めていた2015年12月1日、学長に就任した。
 
 19年11月末の学長任期を迎える直前、鬼生田俊英宗務総長から「再任しない」旨の通達が本人にあった。その際、大谷前学長は「就任時には2期(8年)続けてやってほしいと言われた。退任するのであれば、せめて年度末の3月末まで務めさせてほしい。それまでに次期学長への引き継ぎ事項も整えたい」と申し出た。しかし、鬼生田宗務総長は許可しなかった。

 これを受けて、退任までの間に、稟議書で「人事委員会で名誉学長の称号を授与し、その任務を内規で制定したい」との伺いが立てられた。内規を12月1日から施行するという案の通り、12月1日付で「大谷前学長の名誉学長就任」が広報された。

 同じく12月1日付で、テレビ番組でも親しまれている千葉公慈氏が学長に就任。6日付で曹洞宗宗議会議員の髙橋英寛氏が理事長に就任した。13日には千葉学長名で、教職員に向け、「名誉学長の選考は表彰委員会に諮って決定することになっており、前学長が選考された事実は確認できなかった」として、名誉学長の発令をいったん停止すると報告した。

「勝手に決済印」の疑い
 
 17日には、新体制で初の理事会が行われた。理事会後、大学総務部名で報道各社に宛てた文書では、この問題を次のように説明している。

 「前執行部の任期満了直前に、勝手に決裁印を冒用し、稟議書を作成するなど、適正な稟議手続きを踏むことなく、退任役員のために新たな名誉職を創設し、職員人事を発令した疑いが判明した」

 この日の理事会で、元最高検検事の名取俊也弁護士を委員長、元検事の高橋直弁護士を副委員長、荒谷真由美弁護士を委員とする3人体制の第三者委員会を設置。名誉職の授与について瑕疵(かし)がなかったかを検証することが了承された。

 この時点では、大谷前学長は本紙の取材に対し、「私は稟議書に他人の決裁印を使っていないし、何が問題になっているのかもわからない。名誉教授や名誉学長という称号を欲しいと思ったことは一度もない」と語っていた。

 また、大学に功績があったにもかかわらず名誉教授の称号を出し損ねていた人への授与などをまとめて行う動きが学内であったと指摘。「その動きの中で、『大学教職員の皆さんが署名までして、名誉学長職の創設に向けて行動してくれたことはうれしい』と、教授会で発言したことはある」と語った。その上で「むしろ、年間4400万円に及ぶ交際費を調査すべきではないか」と話していた。

巨額の接待交際費…飛び交う怪文書

 名誉学長の授与騒動と前後して、週刊誌や地方紙が「特定の職員の交際費が単年度で4400万円を超えている」と報じた。曹洞宗関係者には、怪文書が送られる事態にもなっていた。
 
 11月末には、学園前監事の犬飼健郎弁護士が、15年度の大学の交際費について問題がある旨を指摘し「学内で調査すべきだ」とする上申書を提出した。

 この件についても、12月17日の理事会後に報道各社に出した文書で、大学側は「税務調査で経費否認を含め、是正を指摘されたことはなく、修正申告もしていない。会計監査を担当する公認会計士や税務申告を担当した税理士からも、今まで交際費について指摘を受けたことはなく、問題ないものと認識している」と反論していた。

 犬飼弁護士は、16年5月に15年度監査を実施しており、領収書などの証拠書類や元帳を精査。「15年度決算書類は法令もしくは寄附行為に従い財産および経営の状況を正しく示しており、不正事項は認められない」という監査結果に、記名押印している。この点を、大学側は「前監事が自分の行った監査を不適切であり、調査すべき旨を述べていることに大変驚いている」とも記していた。

 この時点で大学側は、職員らから聞き取りを行ったとした上で、「いずれも本校の学校運営のほか、広報およびブランド力増強の目的で、宗門関係者、マスコミ関係者、スポーツ関係者などとの意見交換や情報交換などに使われた経費であると認められ、架空経費や個人的な飲食は見当たらなかった」と、理事会でも報告していた。

保護者装い学長に苦情

 第三者委員会の調査は、関係者へのヒアリングと、関係者間のメールの解析が中心だった。

 稟議書については、印鑑のうち、総務部長のものは本人の承諾なしに押されていたことが判明。11月19日に作成されたにもかかわらず、10月25日付となっていることも明らかになった。

 さらに稟議書には、総務部が付す整理番号も振られていなかったことから、第三者委員会は「無効」と判断した。中間報告では、なぜこのような不適切な方法で稟議が通されたのかについても言及し、「大谷前学長の再任および権限や影響力の維持を図る目的でなされた」と断じている。

 メールからは、大谷前学長の再任に向けた協議の様子も鮮明となった。中間報告が行われた臨時理事会では、そのメール文章をプロジェクターに映し出して説明があったという。

 さらに前学長に近い現職教員が、保護者を装って「どうしてあなたのような者が新学長になるのか」といった文章を、新学長らに送付していた疑いがあることも判明した。

 一方で、15年度の交際費について、第三者委員会は「すでに適正である旨の監査済みの過去の交際費が、急遽問題視された背景には、前学長の再任および権限や影響力の維持を図るために、総務部長(当時)らを人事から排除するためであった疑いが濃厚」と指摘した。

 これに対し臨時理事会では、「本当に適切だったのか」との問題提起があり、交際費については第三者委員会が追加調査することも決まった。
 
 中間報告発表後、大谷前学長は本紙の取材に「交際費の4400万円が一番の問題ではないか。ブランド力を高めるとの名目とはいえ、学生の大切な学費を4400万円も使っていいわけがない」と憤る。また「第三者委員会の委員は宗門が紹介した弁護士のはず。宗門の息がかかった人物の調査を信用するわけにはいかない。事の発端は宗門が大学の人事に介入したことであり、そのことに学内の人たちは怒っていた」とも話す。

 大谷前学長はかつて理事長を務めていた都留文科大学の顧問をしている。「東北福祉大学にも顧問のような職があれば、大学の力になれると思っていた。顧問がなかったので、名誉学長として力になろうと考えただけの話」とも語っていた。

 今後は交際費の問題が焦点になりそうだ。

(文化時報2020年2月26日号から再構成)
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お寺拠点に災害支援 鍵は企業連携

 真言宗智山派の若手僧侶らで作る智山青年連合会(智青連、山口純雄会長)は2月13日、災害時の緊急支援について考える講習会「寺院がつなぐこれからの災害支援 地域×お寺×企業」を、千葉県船橋市の石井食品株式会社で開いた。被災地の寺院をベースキャンプとし、民間企業の力を借りながら僧侶が行う活動について、34人が学びを深めた。

火起こしを体験する若手僧侶ら

 学んだのは、真言宗豊山派仏教青年会(豊山仏青) の取り組み。2018年8月、豊山仏青は「イシイのミートボール」で知られる石井食品、キャンピングカーのレンタルを手掛ける株式会社レヴォレーターと災害協定を結び、僧侶が非常食をキャンピングカーに積んで被災地に届ける仕組みを整えた。

 この協定に智青連も加わることが決まり、企業と連携して行う活動への理解を深める目的で、今回の講習会を企画した。

 豊山仏青の林映寿会長の講演後、石井食品の石井智康社長、レヴォレーター社の板谷俊明代表取締役も加わって討論。災害時に寺院や僧侶に果たしてほしい役割について、石井社長は「地域に根差した情報収集」、板谷代表取締役は「フットワーク良く外に出ていくこと」を挙げた。

 その後、参加者らは屋外で火起こしの体験や非常食の試食、泥水を浄化して作ったホットコーヒーの試飲などを行った。安西研昌法恩寺副住職(埼玉県越生町)は「お寺の仲間以外から聞いた意見が参考になった。自分もつながりを作るために動きたい」と語り、山口会長は「地域と連携し、寺院が中心となって防災をリードしていくのが重要だと感じた」と話した。

震災、台風、豪雨…よりスムーズに

 宗教者による災害ボランティアは、25年前の阪神・淡路大震災を機に広がった。2011年の東日本大震災では傾聴や心のケアが注目され、近年では災害発生直後から支援に入るケースが増えてきた。真言宗豊山派仏教青年会の災害協定は、民間企業の力を生かした点に特徴があり、宗教者による緊急支援を効果的に行える可能性を秘めている。

 豊山仏青の災害協定は、石井食品株式会社、株式会社レヴォレーターに加えて、ヘリコプターを運用する株式会社AirX(エアーエックス)も参画している。18年9月の北海道胆振東部地震で、豊山仏青の僧侶らが陸路で救援物資の輸送を試みたものの、交通網が寸断されてスムーズに対応できなかったことを教訓とした。

豊山仏青の災害協定

 これが生かされたのが、くしくも豊山仏青の林映寿会長の地元、長野県を昨年10月に襲った台風19号の災害だった。県内は千曲川の堤防決壊をはじめ、家屋や農地の浸水被害が相次いだ。

 豊山仏青は発生2日後の10月15日、長野県小布施町に急遽設けた災害時臨時ヘリポートに、石井食品の非常食などの支援物資をヘリで空輸。並行して若手僧侶らがレヴォレーター社のキャンピングカーに乗り込んで陸路現地入りし、翌16日から活動を始めた。

 林会長の自坊、浄光寺は水害を免れ、被災地支援のベースキャンプとなった。避難所への仮設トイレの設置や灯油ストーブの寄付、ボランティアのための炊き出しなど、きめの細かい支援を展開。農地の泥を撤去するために重機オペレーターを養成しようと、本堂と境内を講習と実技の会場として開放した。

 寺院などの宗教施設を、災害時に支援拠点や避難所として活用する試みは、これまでも行われてきた。

 大阪大学大学院人間科学研究科の稲場圭信教授(宗教社会学)の研究グループは、宗教施設を取り込んだ地域防災の仕組みづくりを提案。世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会は、発達障害者など配慮が必要な人々の避難を受け入れるための防災マニュアルを発刊し、宗教施設への普及に努めている。

 豊山仏青の取り組みは、短期的な利益を目的とせず、社会貢献として災害支援に取り組みたいという企業のニーズをくみ取り、宗教者の活動にうまくつなげたとも言える。林会長は「いいと思ったことは即行動に移し、寺院の興隆にもつなげたい」と話している。

講習会で話す石井智康氏、林映寿氏、板谷俊明氏(左から)

(文化時報2020年2月22日号から再構成)
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外来・在宅に学べ 進む「ビハーラ僧」養成

 医療機関や福祉施設で専門知識を持ってスタッフと協働し、心のケアを行う僧侶「ビハーラ僧」を養成しようと、浄土真宗本願寺派が試行する「ビハーラ僧養成研修会」の2期生4人が全ての研修を終え、修了証を受け取った。修了生らは今後、現場に入り、人々のいのちに寄り添う。
 

修了式に臨むビハーラ僧養成研修会の2期生たち


 研修会は2017年度に開始。今期は昨年10月にスタートし、座学を中心とした16日間の前期基礎研修と、実際の施設で研鑽を積む54日間の後期臨床実習を行った。

 後期臨床実習は、宗派が母体の独立型緩和ケア病棟「あそかビハーラ病院」(京都府城陽市)と特別養護老人ホーム「ビハーラ本願寺」(同)を中心に、寺院が母体の特別養護老人ホーム「常清の里」(大阪府茨木市)、緩和ケアを行う三菱京都病院(京都市西京区)、在宅医療などを行う沼口医院(岐阜県大垣市)で実施した。

 修了式は2月27日に行われた。竹田空尊総務は、念仏者の生き方をわかりやすく説いた「私たちのちかい」に触れながら、「ビハーラ活動を必要とする人は、どこにでもいる。研修で学んだことを心にとどめ、力を発揮してほしい」とエールを送った。
 
 東京教区観專寺の稲木義成さんは、「高齢の人も病気の人も未来の自分の姿。はじめは『支えなければ』と思っていたが、人として向き合うようになり、教わることばかりだった」と感想を語った。

 石川教区本光寺の八幡真衣さんは「自身の死後に生まれるはずのお孫さんのエコー写真を片手に、『仏教を聞いても消えない欲がある。会いたい』と涙する患者さんに何も言えなかった。『一緒に泣いてくれてありがとう』と言われたことは忘れられない」と話した。

 和歌山教区浄永寺の山本顕生さんは、龍谷大学大学院実践真宗学研究科の2年生。「実習時間の長さが特長」と、ビハーラ僧養成研修会の利点を挙げる。「在宅医療に関わる看護師さんが、『医療者が聞けない思いを受け取ってくれてありがとう』と、実習生の自分に声を掛けてくれたことが印象に残っている」と述べた。

 和歌山教区教法寺の森薫さんは「自身の家族との接し方も変わった」と明かす。「『仏教のまなざし』をより意識しはじめた。中学生の長女の悩みを聞いても、頭ごなしに説かず『そういう見方もある』と考えるようになった。ビハーラ活動は生き方だと思う」と語った。

決めつけず、苦悩を聴く

 4人は緩和ケア病棟での外来診療や、在宅医療の現場にも同席した。患者や家族から僧侶の存在感やケアをより必要とされる場面で、対応などを学んだ。

 「何もしなければ半年。治療して1年と診断された」。2月4日に行われた三菱京都病院での臨床実習では、外来を訪れた50代男性が、自身のがんについてこう打ち明けた。11年前には母親を他の緩和ケア病棟で看取ったという。

 担当の吉岡亮医師は、男性の暮らしや病状を聞きながら、がんの進行に伴う病状などを丁寧に説明。自宅付近の在宅医療機関で受診することなども勧めながら、延命治療の希望を聞いた。男性は「苦しむぐらいなら、延命治療は希望しない」と答えた。

 同席した実習生の八幡さんは「男性は、残された人が苦労しないよう、全てを処分しようとしているようだった」と語った。

 八幡さんは、これまでの三菱京都病院の実習でも外来診療の現場を経験。家族に負担をかけたくない患者や、悲嘆する入院患者の家族が苦悩する姿も見てきた。「『諦めないでほしい』と話す家族に、医師は『緩和ケアは、諦めではない』と諭していた。医師と患者の関係性がなければ、僧侶が立ち入ることも難しいと感じた」と振り返った。

緩和ケア病棟の病室で患者の苦悩に寄り添う=京都市西京区の三菱京都病院

 
 緩和ケア病棟に入院する荒堀明夫さん(84)は、部屋を訪れた同病院ビハーラ僧の山本成樹氏と八幡さんを、暖かく迎え入れた。山本氏は笑顔で、成功と失敗を繰り返した波乱万丈な半生を聞いていく。「こんな体でも誰かの役に立てれば」。荒堀さんは医学生向けの献体を申し出ているという。

 山本氏は八幡さんに「『患者さん』ではなく、『荒堀さん』と出会っている。好きなことを語っているときは、広がりを持って話をしてくれることが多い」と説明した上で、こう伝えた。

 「本当の苦しみはわからない。『わかります』という言葉は、使わない」

 八幡さんは研修後、石川県小松市の自坊に帰った。「研修を通じて『自分』以外を見る視野が広がった。日常の寺院活動にビハーラの視点は欠かせないと感じる。その人にしかない輝きを感じ、決めつけない僧侶になりたい」と話している。

(文化時報2020年2月15日号・3月4日号から再構成)
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医療従事者「支えは仏教」

 医療・介護関係の多職種連携を目指すNPO法人「Life is Beautiful」(山下和典理事長)のセミナー「いのちの学び2」が、京都府長岡京市の中央生涯学習センターで開かれ、華厳宗僧侶で医師の川島実氏と、高野山真言宗僧侶で看護師の玉置妙憂氏が「死にゆく人のこころに寄りそう」をテーマに対談した。

 同法人は2018年12月、医師や歯科医師、栄養士、作業療法士らがメンバーとなって設立。障害や病気を持つ人とその家族が「生活者」として生きられるよう、月1回のセミナーなどを通じて学びを深めている。対談は20年2月11日に行われた。

 

対談する僧侶で医師の川島実氏(左)と僧侶で看護師の玉置妙憂氏

手を合わせて送る―川島実氏

 川島氏は京都大学医学部在学中にプロボクサーとなり、自給自足を目指して和歌山県の山奥で暮らすうち、地域医療に関心を持つようになった。現在は在宅医療の専門医として活動している。

 救急病院で勤務していた頃、担当していた患者を亡くして心が弱っていたことがあり、コピー用紙の裏にボールペンで般若心経を書き写していたという。母校の東大寺学園高校の先輩に当たる僧侶に誘われ、得度。「手を合わせれば患者や家族に喜ばれるが、あくまで自分を守るためにやっていること」と語った。

 また、霊安室で、亡くなった患者の家族に「われわれの力が及びませんでした」と頭を下げることに違和感を覚えるようになり、以後は手を合わせて送り出すようになったと明かした。

 東日本大震災の救援で宮城県気仙沼市に入り、話を聞いて薬を出すことしかできず「ごめんなさい」と思いながら診察していたのに、患者から「ありがとう」と言われたことに感動し、志願して現地の公立病院に転職したエピソードも紹介。

 父を自宅で看取った経験から、在宅医療の現場では患者が亡くなったとき、最期まで共に過ごせたこととつらい介護から解放されたことに対して、「良かったですね」と言うようにしていることを明かした。

医療が生む苦しみ―玉置妙憂氏

 玉置氏は看護師免許を取得後、夫をがんで亡くした。延命治療を望まなかった夫を自宅で看取った後、出家を決意。高野山で約1年間修行した。

 現在は看護師として勤務する傍ら、訪問スピリチュアルケアを手掛ける「大慈学苑」(東京都江戸川区)の代表として活動している。玉置氏も、仏教について「自分自身の支えであり、人の支えになるとは決して思っていない。だからこそ患者や家族に布教はしない」と語った。

 また、現代医学は延命至上主義をもたらし、生と死の境目をあいまいにしたと指摘。寿命や天寿という言葉で示されるように「後は仏や神に任せる」という死がなくなったと言い、「現代医学は、たかが人間である私たちに、延命措置をするかどうかを選べと言っている。そうして新たな苦しみを作り出した」と強調した。

 さらに、在宅で看取った夫の延命治療をしなかった経験などを引き合いに、「選択肢があれば必ず迷い、どちらを選んでも後悔する」と語った。

 こうしたスピリチュアルペインに対処している医療・介護従事者、家族らは、仏教でいう「利他行」を実践している半面、その前提には「自利」が必要だと指摘。「最初に自分のコップを水で満たすことが大切」と説いた。

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