知恩院御影堂 380年前の輝き

 浄土宗の総本山知恩院(京都市東山区)で今年、国宝御影堂の大修理事業が完了した。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、4月の落慶法要は大幅に縮小して営まれ、政府の緊急事態宣言が出ていた時期は、境内への立ち入りが禁止された。2011(平成23)年から9年に及んだ〝平成の大修理〟で取り戻した輝きは、いま再び参拝者の心を癒やそうとしている。

平成の大修理を終えた知恩院御影堂=京都市東山区

 知恩院の創建は、法然上人入滅の地に堂宇を建てたのが始まりだ。徳川家の庇護を受けたことで広大な伽藍整備が行われたが、1633(寛永10)年の火災で大部分が焼失。現在の御影堂は、焼失の6年後に徳川家光が再建したもので、2002(平成14)年に国宝に指定された。

 これまでに屋根の一部ふき替えや梁の補強など小規模な修理が4回行われたが、大規模修理は今回が初めて。総工費は、衆会堂の文化財修理費を含めて57億円(荘厳仏具を除く)という。

 報道陣に堂内を公開した1月29日、井桁雄弘執事長は「法然上人800年大遠忌事業に端を発して修理に入り、9年たって素晴らしい御影堂が完成した。お念仏の根本道場として幸せを運びたい」と語っていた。
 
現代の耐震基準 当時から満たす

 知恩院御影堂は、江戸時代初期に徳川家が各地で手掛けた大造営を示す代表的な建築物と位置付けられており、意匠や技術の面でも完成度が高いとされている。大修理を控えて実施した耐震診断調査では、約380年前の建築物にもかかわらず、現行の建築基準法の基準を満たしており、震度6強の揺れにも耐えられることが判明している。
 
 僧侶が立ち入る内陣と在家信者が礼拝する外陣が、一体と感じられるような空間設計も行われている。江戸初期の堂宇は、内陣と外陣が明確に分かれているのが一般的だが、知恩院御影堂は内外陣に段差を設けず、一体感を保っている。内陣まで光をとり込んで堂内を明るくする工夫もされている。

豪華な金箔押しを施した内陣に、光が届く

 堂宇全体をきらびやかに覆うのではなく、内陣の荘厳のみに豪華な金箔押しを施しているのも特色。導師が座る頭上に配した豪華な人天蓋(にんてんがい)や幢幡(どうばん)は天井から吊り下げてあり、豪華な厨子の宮殿(くうでん)と連続性を保たせてある。威圧するような大伽藍でありながら、身近に感じられる仕掛けといえる。
 
 今回の大修理に当たり、荘厳類の制作や修理が施された年代が判明した。

 人天蓋など大型荘厳の一部は、御影堂の再建当時のものが用いられていることが分かった。高さ約4㍍の大常華は、廃仏毀釈で仏教教団に逆風が吹いていた頃の1878(明治11)年、知恩院75世の養鸕徹定(うがい・てつじょう)門主の指揮で制作されていた。
 
 いずれの荘厳仏具も経年によるゆがみや傷みが見られ、修理は難航したようだ。大常華や大前机などの修理を担当した株式会社安藤の担当者は「長持ちするように強度を保たせるのに苦労した。いずれも長大で重量があり、熟練した職人でなければ美しく仕上げることができないものばかりだった」と話していた。

(文化時報2020年2月5日号から再構成)
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