お堂の鐘は地域の絆 高知の〝ポツンと山寺〟

高知の山寺、真言宗智山派寳珠寺

 つづら折りの山道の先に、ポツンと建つ小さな地蔵堂。平家の落人伝承がある高知県香美市香北町の山中に、真言宗智山派の寳珠寺はある。田中弘明住職を訪ねて「山寺日記」という記事にしたのが、2013年2月20日号。あれからお寺がどうなったのか気になり、再訪した。(春尾悦子)

 高知市内から車で香美市立やなせたかし記念館(アンパンマンミュージアム)を通り過ぎ、県立香北青少年の家から山中へと分け入る。しばらく行くと、視界が開け、きれいに整備された小さな伽藍が現れる。最近整備された林道のおかげで、7年前よりは進みやすくなっていた。

 「若い人にも生きづらい世の中なんでしょう。何かに引かれ、導かれて来るようだ」。出迎えてくれた田中住職が、そう語った。

 「北向き地蔵」と呼ばれるお地蔵さまの元を、若者たちが訪れ、一心不乱に拝む姿を見かけるようになったという。お茶を勧めると、驚くほど冗舌に話し始める。引きこもりで悩んでいた子どもや親が訪れては、胸の内を打ち明け、ほっとしたように帰っていく。ここに来ると、不思議と素直になって、いろいろな話がしたくなるのだそう。

 相変わらず地域の人たちの憩いの場となっている。地蔵堂の前にはウッドデッキやベンチを設けた。子どもたちが遠足に来ることも。境内に山水を集めて滝を作り、桜が咲く頃に「地蔵流し」という新たな年中行事を行うようになった。

8年前に移住、独特の葬送儀礼に驚く

 寳珠寺は代々、兼務寺院として受け継がれてきたが、智山派元教学課長の田中住職と、元信徒課長で智山派専修学院の副生徒監も務めたことのある智恵さん夫妻が移り住み、8年前に晋山式が行われた。以来、「毎朝、鐘の音が聞こえる。ああ住職がいるんだなあ」と、お参りに来る人が少しずつ増えてきた。

 野菜や米は、檀家たちが届けてくれる。檀家百数十軒でも、2人ならどうにか食べていける。田中住職が着任してから戻ってきた檀家や、新たに檀家になった人もいるそうだ。

寳珠寺を預かる田中住職夫妻


 数年前に行った超宗派の柴燈大護摩供と火渡りは、里の人ばかりか、出仕した僧侶にも好評だったため、昨年10月には2度目を執り行った。僧侶の宗派は天台宗、高野山真言宗、曹洞宗、日蓮宗、金峯山修験本宗と多岐にわたり、関東から訪れた人もいたという。

 旧物部村に伝わる葬送儀礼をつかさどる「オシ」の人たちも加わった。寺域は旧物部村の端に位置するそうで、田中夫妻が寺に入ったとき、屋根裏には独特の「お面」がたくさんあったという。

 今も、古い形の宗教儀礼が色濃く残る。50年たたないと先祖代々の墓に納骨できない、という慣習もその一つ。若者は都会に出てしまい、墓じまいや平地の霊園に墓を移す依頼が少なくないのだそうだ。

 檀家は先祖代々の墓に入るまで、山奥の一人墓で眠る。田中住職は「墓参りは登山だ」と言い切る。行くのは至難の業。とにかく山寺での暮らしには、体力がいるのだと、笑顔で話した。

(文化時報2020年3月18日号から再構成)
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