福島が生き方変えた 原発事故の避難者支援は今

 東京電力福島第1原発事故の避難者を支え続けている僧侶が、600㌔余離れた兵庫県市川町にいる。真宗大谷派光円寺の衆徒・坊守、後藤由美子さん(62)。『歎異抄』の教えや子どもたちの自主性を重んじる教育を原点に、福島からの保養や移住を受け入れてきた。支援している移住者の本に寄稿するなど、積極的に活動している。(主筆 小野木康雄)

原発事故の避難者支援を続ける真宗大谷派の後藤由美子さん


母を守れない社会

 「放射性物質が大量に私たちの世界へと降り注いだ衝撃は、本当に心砕かれるものでした」

 移住者の渥美藍さんと大関美紀さんが出版した『ありのままの自分で―東日本大震災・福島原発事故を体験した母娘の選択』(せせらぎ出版)に、後藤さんはこんな一文を寄せた。

 後藤さんは震災前、地元に近い兵庫県姫路市で、映画『六ヶ所村ラプソディー』の自主上映会を開こうとする市民活動を手伝っていた。青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場を巡るドキュメンタリー。その実現を待たずに「3・11」を迎えた。

 ショックだった。知人やインターネットを介し、子育て中の母親たちの情報を集めた。放射能からわが子を守る困難と苦悩は、1986年のチェルノブイリ原発事故で食べ物に気を配った経験を通じ、知っている。当事者のつらさが、身に迫った。

 「母を守れない社会に将来はない」。まずは汚染の少ない土地で子どもを預かる保養に取り組んだ。2011年夏、宗派の「夏休み子どもの集い」と山陽教区の有志が行う事業に協力して、福島の小学4~6年生10人を2泊3日で自坊に預かった。

子ども主体の保養

 保養を手伝ってくれたのが、市川町にあるデモクラティックスクール「まっくろくろすけ」の卒業生たち。デモクラティックスクールは、時間割やテストがなく、子どもたちが主体的に運営する米国発祥の学校だ。後藤さんは「まっくろくろすけ」の立ち上げに携わり、2人の子どもを通わせた経験があった。

 保養のような催しは、主催者が善意で綿密な企画を作りがちだ。当時10代だった卒業生たちは違った。自分たちが学んできたのと同じやり方で、福島の子どもたちの主体性を大切にし、一緒にプログラムを作り上げた。

 「いのちを大事にし、個々が尊重される教育が背景にあった。だからこそ、福島の子どもたちに楽しんでもらえた」。後藤さんは振り返る。

 宗派と山陽教区はそれ以降も毎年、保養を実施。光円寺も協力を続けており、昨夏には男児3人を受け入れた。

光円寺で行われた保養。子どもたちが主体的にプログラムを作った=兵庫県市川町(後藤由美子さん提供)


歎異抄と出合って

 在家出身の後藤さんは20代の頃、「世界を変える言葉」に出合った。「地獄は一定(いちじょう)すみかぞし」。『歎異抄』の一節だ。

 地獄が定まったすみかであり、自分は地獄から離れられないという親鸞聖人から、生きる力をもらった。ヒエラルキーを駆け上っていく競争社会は、支配する者とされる者という構図を生み出す。底辺に立つこと。上るのではなく、下りる意識で生きること―。そうすれば、皆が平等になり、地獄がなくなると考えた。

 「仏教は支配や差別とは異なる生き方を示した教えだと思う」。原発事故の避難者支援に携わったのは、自然な流れだった。

 同じ福島の住民でも、放射能への不安を抱えて暮らす人と、そうでない人がいる。県外に避難する人もいれば、故郷に戻る人もいる。葛藤と対立が分断を招く現状に、胸を痛めてきた。

行動派僧侶の本懐

 「せっかくの教えを持つ浄土真宗のお寺として、苦境に立たされた方に、新しい生き方を獲得してもらう働きができれば」。こうした思いから、多彩な活動に取り組む。

 長崎の被爆者からの寄付金を元に、一般社団法人「リボーン」を設立。避難者や移住者、福島に戻った人たちに、無利子融資や情報提供などの支援を行っている。

 福島地裁で6年余にわたって係争中の「子ども脱被ばく裁判」では、西日本事務局を担当。六ヶ所村の核燃料再処理工場の運転差し止めを求めて宗教者らが今年3月、東京地裁に提訴した訴訟では、原告に名を連ねた。

 自坊や組(そ)では、避難者や移住者を招いて門徒向けの学習会を開いている。地域の農家に呼び掛けて、余ったコメや野菜を分けてもらい、福島に送っているという。

 後藤さんは言う。「お寺を護持しなければ、という思いを皆さんが持ってくださっているので、活動できる。そういうご恩を社会にお返しし、仏法に変えたい」
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 『ありのままの自分で―東日本大震災・福島原発事故を体験した母娘の選択』は、後藤由美子さんの支援で保養と移住を選んだ福島出身の大関美紀さん・渥美藍さん親子の体験記。心豊かに成長していく姿が描かれている。定価1400円(税別)。せせらぎ出版(06―6357―6916)。
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【用語解説】組(そ=浄土真宗など)
 教団に所属する一般寺院が地域ごとに集まったグループ。通常、各組には組長(そちょう)が置かれ、組内の事務手続きなどを取りまとめる。組が集まって教区を構成する場合が多い。

(文化時報2020年4月8日号から再構成)
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