「粉河の荒れ寺」再興 廃墟から7年越しの悲願

 約30年間にわたり無住寺院として荒れ果てていた和歌山県紀の川市の真言宗山階派長壽寺(佐々木玄峯住職)が今年4月、再興の節目となる花まつり法要を営んだ。真言宗智山派の大本山髙尾山薬王院から分霊された飯縄大権現の御前立ご本尊を開眼した。本坊の屋根修理などが残るものの、関係者や地元住民らが集まって完全復興を誓った。(春尾悦子)

開眼された長壽寺の御前立ご本尊


安ホテルに寝泊まり

 長壽寺は、JR和歌山線粉河駅から高台へ入ったところにある寺院。前住職の尼僧が約30年前に逝去して以来無住となり、荒廃を極めていた。これを知った佐々木住職が2013年、再興を発願。自ら木を切り、仲間の応援を得て、手作業で修理を始めた。

 佐々木住職の自坊は東京都八王子市の勝楽寺。八王子から通って修理を続けた。屋根が破れ、床は朽ちて、靴を履いたまま歩くしかなかった伽藍に寝泊まりする所などなく、安いホテルに泊まった。

 本堂には荘厳な阿弥陀如来像があったが、いつの時代のものか判明しなかった。由緒来歴などを記したものが、見当たらなかったためだという。隣接した空き家も廃墟と化していたが、山階派の所有物件と分かり、取り壊されていた。

髙尾山から分霊、徒歩練行でお迎え

 再興の途上、復興の象徴として、また参拝者の諸願成就のためにと、新しいご本尊に髙尾山薬王院の飯縄大権現のご分霊を勧請したいと願い出た。「八王子から粉河まで、徒歩練行でお迎えしたい」と、旧知の中原秀英髙尾山薬王院修験部長に相談したところ、大山隆玄貫首の快諾を得て、実現の運びとなった。

 木村龍仏師が、多摩美術大学の講師らの協力を得ながら、向背を入れて高さ2・2㍍になる御前立のご本尊を制作。15年、大山貫首により入魂された。

 同年10月から、佐々木住職をはじめ山階派の僧侶に髙尾山の僧侶らが加わり、富士の裾野を巡って和歌山に至る約600㌔もの徒歩練行が約1カ月にわたって行われた。途中、京都に滞在。山階派の大本山勧修寺では、筑波常遍門跡の導師で法要を営み、さらに奈良・東大寺でも法要を行って、長壽寺へ到着した。

復興が進む長壽寺


「これから、ぼつぼつです」

 その後も佐々木住職が寺や本坊の整備をこつこつと続けるうち、地元の人たちも次第に寺を訪れるようになった。今では地元の信者が集まり、年に2度の法要を行うまでになった。

 今年4月1日の花まつり法要は激しい風雨に見舞われたが、助法に駆け付けた出仕の各宗僧侶や随喜者らは、佐々木住職の妻、景子さんと友人らによる心尽くしのお斎でもてなされた。法要後は、夜桜を揺らす雨の中、尺八奏者の泉川獅道氏が演奏を奉納した。

 佐々木住職は「飯縄大権現さまにまつわる行事は、徒歩練行をはじめ、全て雨だった」と振り返った。

 本坊の屋根は、いまだに雨よけのシートをかぶせたまま。佐々木住職は「仏さまのおられるところだけは、まず何としても修理しなければと思った。庫裏・本坊までは、なかなか手が回らなくて…。これから、ぼつぼつです」と話す。

 分霊に尽力した中原修験部長は「これからも、どんどんお護摩を修行してください」と、改めて髙尾山からの応援メッセージを送った。

(文化時報2020年4月15日号から再構成)
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