悲しむ私 見守る仏…震災支援から台風被災

 浄土宗大本山増上寺布教師会が東日本大震災で被災した宮城県岩沼市で開く「法話の会」に、主催者の一人として参加する郡嶋泰威・量寿院住職(50)=千葉県南房総市=は、2019年9月に千葉県を襲った台風15号の被災者でもある。支援する方とされる方、両方を経験して分かったのが、「娑婆世界=用語解説=では全ての人が快適に生きられない」ということ。だからこそ、念仏の教えが大切だと気付いた。(大橋学修)

浄土宗量寿院の郡嶋泰威住職

 浄土宗浄蓮寺(千葉県鋸南町)の長男として生まれた。幼い頃から僧侶になることに疑いを持たず、進学先は大正大学仏教学部浄土学コース。大学院に入ってからは、傳通院(東京都文京区)で実務にも励んだ。愚直に学ぶ真面目な青年僧だった。

 修士課程を終えた後も傳通院で勤務する傍ら、布教師養成講座に入行。話の組み立て方や高座=用語解説=に上った際の所作などを学び、高座説法の実演を行った際、指導員にこう指摘された。「あなたの信仰はどこにあるのだ。高座に上がる資格はない」

 思い返せば、全て理屈で考え、頭で組み立てただけだった。もう一度、ゼロから学び直すことにした。

 学んできた書物を改めて読み、宗祖の言葉に触れると、気付いたことがあった。「法然上人を見失わなければ、迷ったときに戻る所がはっきりする」。念仏行を続けることは、極楽往生を目指すことだと確信した。蓄積してきた知識に、信仰という芯が通った。

 「思えば、これが本当の意味で、僧侶としてのスタートだった。葬儀を勤める際には、『この方を救ってくださる阿弥陀さまがいてよかった』と感じるようになった。遺族にも、この気持ちを伝えられることを、本当にありがたいと思う」

震災遺族との出会い

 35歳で傳通院を退職してからは、布教師として各地を飛び回るようになった。2012年には大本山増上寺布教師会の活動で、東日本大震災の被災地に出向き、震災遺族や自死遺族のために法話を行う機会を得た。「現場を見てショックを受けた。遺族の方の悲しみの深さに打ちのめされた」

 それから毎年、縁のあった岩沼市を年2回訪問し、「法話の会」を開催してきた。その中で、教えを求める人が多いことに気付いた。「募っていたイライラが、法話を聴くと収まる」と話す人もいた。

 「訪問するには本当に勇気がいる。ただ、阿弥陀さまのことをストレートに伝えることが大切。余計なことはいらない」

 「法話の会」は、大切な人を亡くしたつらさを抱える人々が集まり、思いを語り合う場所にもなっている。ただ、震災から9年という時の流れとともに、「まだそんな所に行っているのか」と言われる人も出てきたという。

 「被災地であっても、自分の気持ちを迂闊に言葉に出せなくなっている。つらさや悲しみを安心して出せる場所が必要。心の支えがないと、心がもたない」。郡嶋氏は話す。

つらくても苦しくても

 郡嶋氏が住職を務める量寿院は、かつては住職がいなかった。縁あって入寺することになったが、本堂だけの寺院で、住む所がない。そのため、車で10分ほど離れた実家の浄蓮寺で住職の父と同居し、副住職として法務を勤めている。

 千葉県を中心に甚大な被害をもたらした2019年9月の台風15号は、関東地方に上陸した台風では観測史上最強といわれる勢力で、浄蓮寺も多大な被害を受けた。

 本堂の屋根が全て吹き飛ばされ、生活の場である庫裏や客殿の瓦が飛散。雨漏りによる浸水も深刻で、本堂はもとより、庫裏も使用不可となった。「一晩で壊れた。やはり、釈尊が説かれた諸行無常の通りだ」

 皆でなんとかやっていくしかないと、さまざまな人から支援を受けながら、復旧に取り組んだ。そこへ、被災から1年もたたないうちに猛威を振るった新型コロナウイルス。外出自粛を余儀なくされる状況で、被災時の心境がよみがえった。

 「つらい時も苦しい時も、阿弥陀さまは泣き暮れる私を抱きしめて、『つらいよな、苦しいよな』と泣いてくれる。ただ念仏申すだけで、必ず最後は極楽浄土に助けてくれる」

 そして、コロナ禍で閉塞する社会の人々に向けて語る。「独りじゃない。阿弥陀さまが見てくださっている」
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【用語解説】娑婆世界(しゃばせかい=仏教全般)
 汚辱と苦しみに満ちた現世を示す言葉。サンスクリット語で忍耐を表す言葉を音写したもので、浄土の対比語として用いられるため、「忍土」とも漢訳される。

【用語解説】高座(こうざ=仏教全般)
 説教を行う僧侶のために一段高く設けた席で、高座を設けた説法を「高座説法」あるいは「節檀(ふしだん)説法」と呼ぶ。説法が大衆芸能化したことで、後に寄席で芸を演ずる場所としても用いられるようになった。

(文化時報2020年7月15日号から再構成)
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