總持寺祖院が完全復興 能登半島地震から14年

 曹洞宗の大本山總持寺祖院(石川県輪島市)は6日、2007(平成19)年の能登半島地震からの復興を祝う落成慶讃法要を営んだ。地震では大部分の建物が被災。全国の寺院から支援を受け、14年かけて修復された。地域のシンボルでもある祖院の復興は、輪島市民にとっての悲願とあって、同日には市主催の能登半島地震・完全復興式典も行われた。

 總持寺祖院は1321(元亨元)年に瑩山紹瑾禅師によって開創。大本山總持寺は1898(明治31)年4月の火災を機に、現在地の横浜市鶴見区に移転したが、焼失を免れた伝燈院、慈雲閣、経蔵に加えて七堂伽藍が再建され、地域の信仰を集めていた。

 能登半島地震は2007年3月25日に発生。輪島市や七尾市などで震度6強を観測し、死者1人、負傷者359人に上った。總持寺祖院では登録文化財の17棟をはじめ大部分の建物が被害を受け、坐禅堂は倒壊の危機にひんした。

 震災から3カ月後の6月に復興委員会を立ち上げ、修復工事を開始。推定200㌧の山門は、全体を持ち上げて移動させ、耐震のための地盤改良も行った。

 落成慶讃法要は、江川辰三・總持寺貫首の導師で営まれ、大般若経の転読などを行い、14年にわたる復興への慶賀を表した。江川貫首は垂示で、「伽藍はすっかり整った。全国の宗門寺院の方々や復興を支援してくださった檀信徒などのおかげだ」と謝意を表し、「本山と祖院は一体。信仰のよりどころとして、護持発展のために今後もよろしく願いたい」と述べた。

 乙川暎元・總持寺監院は「多くの方々の祖院における思いが結実した結果と胸に刻みたい」と話し、小林昌道・大本山永平寺監院は「開創700年の年に復興落慶式が行われることは、慶賀に堪えない」と語った。

輪島市民の象徴、誇りの復興

 能登半島地震では、死者・負傷者だけでなく、住宅やそれ以外の建物約2千棟が全半壊した。伽藍が甚大な被害を受けた總持寺祖院の復興は、輪島市民にとっては震災の完全復興を象徴する出来事となった。

 梶文秋輪島市長は落成慶讃法要の祝辞で、「震度6強の地震が襲い、門前町を中心に家屋倒壊や土砂崩れなどの被害を受けた。總持寺祖院では、境内の風景が一変した」と振り返り、「祖院は地域住民の日常生活に溶け込んでおり、地域の誇りでもある。祖院の復興なくして震災からの復興なしと、この日を待ち望んでいた」と語った。

 落成慶讃法要の前に山門前で揮毫奉納を行った書家の阿部豊寿さんは、黒色のパネルに「禅」と金字でしたためた後、山門前に広げた畳約8畳分に相当する紙に力強く「完全復興」と書き上げた。「この町は700年間、總持寺祖院と共に歩んできた。明るく、災害に強い町として、これからも共に歩んでいく」とあいさつした。

(文化時報2021年4月12日号から再構成)
(購読のお申し込みは0800-600-2668またはお問い合わせフォーム