尼僧は死に際に、満面の笑みを見せた

 大手ゴムメーカーの社長を父に持つ浄土宗西遊寺(京都府八幡市)の和田恵聞住職は、これまでの人生で何度も目標を見失ってきた。浄土宗僧侶の家系に生まれながらも、育った環境は寺院と関わりの少ない一般家庭。それが、大本山百萬遍知恩寺の布教師会員として活動するほどまで信仰を渇望したのは、ある尼僧の死を経験したからだった。(大橋学修)

医師の道を断念

 少年の頃は、病弱だった祖母のために、医師を目指していた。だが、中学受験で志望校に合格できず、挫折。中学3年の頃には、学校に行かず遊び歩くようになった。

 母からは「悪いことはするな」「学校に行かなくても勉強はしろ」「体を動かせ」と命じられた。学習塾に通い、ゴルフ練習場の後片付けを手伝いながらゴルフを練習したおかげで、大きく道を外すことはなかった。

 高校は、浄土宗立学校の東山高校へ。浄土宗僧侶の伯父に「東山高校はスポーツが強い」と勧められたためだった。入学後はラグビー部に入り、苦楽を共にするチームメートと、同じ方向を目指すことができた。

 大学受験は、僧侶になる気がなかったにもかかわらず、佛教大学仏教学科を目指すことになった。友人らが志望していたことや、担任から「親戚に浄土宗僧侶が多いのだから」と勧められたことがきっかけになった。

海外での活躍夢見る

 無事に入学したが、僧侶になる気は元々ない。1年生を終えて休学し、ラグビー強豪国のオーストラリアに留学した。初めて親元を離れたことで、親のありがたみを感じるようになり、日本人としての誇りやアイデンティティーを持つ自分にも気付いた。

 いつしか、世界を股に掛けるスポーツジャーナリストになることを夢見るようになった。「国際人は皆、大学を卒業している」と両親に諭され、帰国して復学することを決めた。

 2年生の秋、友人が「うちで五重相伝=用語解説=を開くから手伝いにこないか」と誘いを受けた。生まれて初めて僧衣をまとい、塗香を参加者の手のひらに渡す役割を担った。儀式の中で、人が変わる姿を見た。「サラリーマンは、一緒に仕事をしていても、根底はライバル。僧侶は、利害関係なく協力し合い、同じ目標に向かう」。父からそう聞いたこともあって、僧侶に興味を持つようになった。

 卒業間近の年末に伝宗伝戒道場=用語解説=に入行。阿弥陀如来と一対一で対話しているような感覚の中で、充実した時間を過ごした。ただ、その感覚は道場を終えると霧散してしまった。

百萬遍布教師会の会員として後進の指導にも当たる(写真は百萬遍知恩寺の中庭)

代務の不自由さ

 卒業後の身の振り方は、いつの間にか伯父が決めていた。広島県呉市の瑞雲寺で1年間、随身=用語解説=を務めた後、大阪市の地蔵寺で代務住職になった。

 入院している70代の尼僧住職の代役。ただ、寺には〝姉弟子〟に当たる80代の尼僧と、認知症が疑われる百歳近い先代住職が同居していた。

 全員が突然やってきた和田氏を受け入れようとしない。話もほとんど通じない。それなのに法務は任されるし、住職の入院先ともやりとりしなければならない。思うようにならない毎日の始まりだった。

 5年目に、病院から連絡があった。住職が危篤だという。駆け付けると血縁関係もないのに、延命治療を行うかどうかの判断を突き付けられた。2時間後、住職は息を引き取った。これが生まれて初めて、臨終に立ち会った経験だった。動転して、掛けるべき言葉も、行うべき儀式も分からなかった。

 喪主として葬儀を執行することになったが、後ろめたかった。出棺前に花を手向けるとき、恐ろしい顔でにらみつけられるのではないかと、おびえながら亡きがらをはすに見た。

 満面の笑みだった。

 中陰法要=用語解説=を務めるたびに、笑顔の意味を考えた。満中陰になって、ようやく分かった。「私を見ているのではなく、阿弥陀仏にお任せすればいいという笑顔なんだ」。それ以来、葬儀や法要に臨むときの心境が変わった。

 「仏さまは存在するか否かではなく、いてもらわないと困る」

 目標を見失い続けた先に、どうしても伝えなければならないという真実の教えに出会った。布教師になり、今では道場の運営を通じて後進の育成にも当たる。

 和田住職は言う。「今でも模索し続けています」
        ◇
【用語解説】五重相伝(ごじゅうそうでん=浄土宗)
 浄土宗第7祖の聖冏(しょうげい)上人が確立した宗脈と戒脈によって構成される伝法制度の総称。五重相伝会の略称としても用いられる。五重相伝会は、檀信徒が一堂に会して、5日間の日程で実施。初重、二重、三重、四重、五重の順に法話やお勤めを行い、念仏の奥義を口伝する。

【用語解説】伝宗伝戒道場(でんしゅうでんかいどうじょう=浄土宗)
 浄土宗教師になるための道場で、総本山知恩院と大本山増上寺で開かれる。加行、加行道場ともいう。

【用語解説】随身(ずいしん=仏教全般)
 本山などで作務に従事しながら、法務や教えを学ぶ初心の僧侶。

【用語解説】中陰法要(ちゅういんほうよう=仏教全般)
 故人が亡くなった日から49日間、7日ごとに行う法要。7日目に行う法要を「初七日(しょなのか)」と呼び、最後の法要を「満中陰(まんちゅういん)」あるいは「四十九日忌(しじゅうくにちき)」などと呼ぶ。『瑜伽(ゆが)論』『預修十王(よしゅじゅうおう)生七経』『地蔵十王経』などの教説に基づいて営まれるようになった。

(文化時報2020年11月21日号から再構成)
(購読のお申し込みは0800-600-2668またはお問い合わせフォーム