お寺は町の宝物 天橋立・大頂寺

 日本三景の一つ、天橋立に近い浄土宗大頂寺(京都府宮津市)は、名刹としてだけでなく、積極的に市民とイベントを行う寺院として知られている。地元の観光協会が主催するライトアップに参加したり、独自にコンサートを開催したり。「観光とは、光を観ると書く。だから市民が輝いていなければならない」。土方了哉住職(62)はその一念で、自坊を地域に開いている。(大橋学修)

2020年11月8日に開催した大頂寺オータムコンサート

観光業の斜陽化懸念

 宮津市は、天橋立を中心とした観光のまち。就業人口の約73%が第3次産業に就いている。2015年に京都縦貫自動車道が全線開通し、市内への流入人口が増えた。一方で、京阪神からの日帰りが可能になり、新型コロナウイルスの影響も相まって、観光業の斜陽化が懸念されている。

 こうした中、毎年10月に約1万個の手作り灯籠などで夜の寺町周辺をライトアップする「城下町宮津七万石 和火(やわらび)」(天橋立観光協会主催)も2020年は中止になった。市民が一体となって07年から続けているイベントで、かつての宮津城下町を中心に、大頂寺など11カ寺をライトアップし、各所で芸術イベントを開催。域の交流にも一役買う秋の風物詩とあって、市民からは残念がる声が上がっていた。

 「地域のために、何かできないか」。そう考えていた土方住職の元に、ある知らせが届いた。ジャズピアニストで関西を拠点に活動する金谷(かなたに)こうすけさん(62)が、宮津市に移住したという話だった。

渇望されたコンサート

 金谷さんは幼少期を宮津で過ごした経験がある。同級生の土方住職は、すぐに「帰郷コンサートを開かないか」と持ち掛け、11月8日に「大頂寺オータムコンサート2020~浄土の庭で音楽の集い」を開いた。

 コンサートを独自開催できたのは、これまで「和火」に参加し続けてきたからだった。中古の照明設備を買い、野外ステージを作った経験が、今回の会場設営に役立った。何より、地域の人々が進んで協力してくれた。

 「和火」の企画運営に携わる大西了さん(58)は「ライブハウスと違い、最初から音楽環境が出来上がっていたわけではない。地元のみんなで最初から創り上げるコンサートだったからこそ、魅力があった」と話した。

 当日は約200人が来場。金谷さんら5人が、モダンジャズからオリジナル曲まで幅広い曲を屋外で演奏し、一時は雨がぱらついものの、大いに盛り上がった。金谷さんは「こんなすてきなロケーションで演奏できたのは初めて。僕の音楽の原点である宮津に恩返しできた。来年もやりたい」と語った。

 人が集まらない可能性を危惧しながら参加したという檀信徒総代の岩見清次さん(85)は「みんながこういうイベントを渇望していた。気分を高揚させるのが、長生きの秘ひ訣けつですから」と笑った。

お焚き上げが契機

 大頂寺は1606(慶長11)年、宮津藩主京極高知によって建立され、歴代藩主の菩提所となった。地域に開かれるようになった契機は、撥遣式(はっけんしき)=用語解説=の後に位牌や仏具を焚き上げる浄焚式(じょうぼんしき)を行ったこと。出入りの仏具店から「これまでごみ処理場に持ち込んで心を痛めていた」と打ち明けられ、定期的に行ってほしいと頼まれた。すると、仏具やお札にとどまらず、ぬいぐるみや人形が檀信徒や地域住民から持ち込まれた。

 「それぞれの人が、思いのこもったものを何とかしたいという気持ちを持っていることに気付いた」。これ降、土方住職は寺院を地域に開くことを意識するようになった。

 そこで始めたのが、寺宝の常時公開。法然上人一代記絵伝や5代将軍徳川綱吉直筆の墨書などを、奥書院に並べて展示した。すると、檀信徒から宮津藩に関する品々が寄託され、展示品が増えていった。

徳川綱吉直筆の墨書について説明する土方住職

 「文化財的な価値はなくても、お寺の歴史を物語っている。奥にしまっていては、生かされない。見るために人が集まるなら、寺宝は町の宝とも言える」

 土方住職は、それぞれの寺院が特色を生かして、地域発展の一端を担うことを強く勧める。「寺院を町の人に使ってもらい、街の歴史や文化を磨いて輝かせることが大切。さまざまなことに取り組むのは大変だが、寺院の意識改革が必要だ」と話している。
          ◇
【用語解説】撥遣式(はっけんしき=浄土宗)
 一般的に「魂抜き」や「お性根抜き」と呼ばれる法会の浄土宗における正式名称。仏像・菩薩像、曼陀羅(まんだら)、位牌、お墓、石塔など、礼拝の対象となるものを修理・処分する際に行われる。

(文化時報2020年12月5日号から再構成)
(購読のお申し込みは0800-600-2668またはお問い合わせフォーム