「ゆりかごから墓場まで」という社会保障の理想を実現するには、行政だけでは難しい。ならば、地域のお寺が人の一生を支えることはできないだろうか。滋賀県東近江市の浄土宗正福寺(関正見住職)では、0歳児を連れた母親も高齢者も、くつろいだ雰囲気で同じ時間を過ごす。人間の基本を追求することが、お寺の基本なのかもしれない。(大橋学修)
育児の悩み受け止める
1月19日午前9時半。急な冷え込みで雪がちらつく中、作務衣姿の関住職が門前に立ち、車で来る親子を出迎える。「よく来たね。元気してた?」。「正福寺サラナ親子教室」の参加者だ。
サラナ親子教室は、浄土宗総本山知恩院が教化活動の一環として取り組む子育てサロンだ。サラナは古代インドのパーリ語で安らぎを意味する。
活動場所は本堂。この日集まった9組の親子は、教室が始まるまで自由に時間を過ごす。本堂内陣の脇間にはおもちゃが並び、まるで子供部屋のよう。法要はいつもそのままの状態で営むという。
教室は、お勤めから始まる。関住職が唱える念仏に合わせて、子どもたちも木魚をたたく。短い法話があったかと思うと、歌やダンス、牛乳パックを使った工作、節分にちなんだ鬼退治ゲーム…と目まぐるしく活動が行われる。
その傍らで関住職と妻の菊世さんは、親たちと子育てについて語り合う。悩みに共感したり、アドバイスを送ったり。参加者の高橋亜沙子さんは「親が肩肘張る必要がなく、リラックスできる」と話し、成田彩さんは「それぞれの子どもの思いに沿っているところがいい」と話した。
子どもが教室を卒業した後も、8人の保護者がスタッフとしてとどまった。佐生浩子さんは「ここから離れるのが寂しくて、手伝わせてもらっている。こういうほんわかとした雰囲気は他にない」と話す。
「寺なんて負担ばかり」
正福寺は、東近江市の旧伊野部村にある。これまで住職がいなかったり他寺院の住職が兼務したりした時期があり、地域との関係は希薄だったという。
関住職は、奈良県御所市の眞清寺出身で、旧伊野部村とは縁もゆかりもなかったが、前住職が逝去し、後継者として入寺することになった。1995(平成7)年のことだ。
求められてやって来たにもかかわらず、檀信徒から「寺なんて負担ばかり。メリットも何もない」という言葉が飛び出すほど、風当たりは強かった。定期法要ではお供えだけ渡し、参列しない人もいた。
地域との関係をいかに築くかを考えているときに出会ったのが、サラナ親子教室だったという。
妻の菊世さんは第一子を出産するまで、旧五個荘町職員として、乳幼児育成指導などの子育て支援に携わっていた。「公平な制度設計が必要とされる行政にはできない支援に、サラナ親子教室なら取り組めると感じた」と話す。
知恩院で開かれるインストラクター養成講座に、夫婦で参加。2002年に菊世さんを教室長として「正福寺サラナ親子教室」をスタートさせた。
檀信徒に必要な存在
関住職は、サラナ親子教室の開設に続いて、小中学生を対象とした寺子屋や、高齢者が交流するふれあい・いきいきサロン=用語解説=の運営にも乗り出した。いずれもサラナ親子教室の仕組みを〝応用〟したという。
「お勤めをして、参加する世代に合わせた活動を行って、しゃべって、食べる。人間の基本なのでしょうね。それしかできないのですけど」と、関住職は笑顔で語る。
活動を続けることで、寺に批判的な意見を持っていた人たちからも協力を得られるようになった。現在は、地域包括ケアシステム=用語解説=の拠点の一つになれないか、檀家総代と検討を始めている。
サラナ親子教室の運営は、参加費を得てはいるものの、収支はマイナス。ただ、長い目でみれば、寺にとってプラスになると考えている。関住職は「檀信徒にとって必要な存在になれば、協力的になってもらえる。地域に貢献することが、これからの寺院の役割の一つ」と胸を張った。
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【用語解説】ふれあい・いきいきサロン
介護予防活動などを通じて、地域の高齢者が交流する場。住み慣れた地域でいきいきと暮らせる環境づくりのため、厚生労働省が社会福祉協議会を通じ、自治会単位で開設することを推奨している。
【用語解説】地域包括ケアシステム
誰もが住み慣れた地域で自分らしく最期まで暮らせる社会を目指し、厚生労働省が提唱している仕組み。医療機関と介護施設、自治会などが連携し、予防や生活支援を含めて一体的に高齢者を支える。団塊の世代が75歳以上となる2025年をめどに実現を図っている。
(文化時報2021年3月18日号から再構成)
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